袴田事件と名張毒ぶどう事件の異なる点 

名張毒ぶどう事件はその後、度重ねて再審請求が行われた。その間、ぶどう酒に混入していた農薬が自白とは別の物質であること、周辺人物の行動時間に矛盾が生じていることなど、冤罪を裏付ける証拠がいくつも提出された。

ただ、再審請求は棄却され続けた。2005年には一度、再審開始が決定して、死刑執行も停止されたが、2012年に振り出しに戻る。

再審請求を訴える「国民救援会」 ©東海テレビ放送
再審請求を訴える「国民救援会」 ©東海テレビ放送

「奇しくも、死刑執行が停止されていた期間、奥西さんは釈放されませんでした。なぜ解放されなかったのか真相は謎ですが、おそらく再審請求を決定した裁判官に、釈放する発想がなかっただけかと思います。

一方、袴田さんは、再審開始が決定した2014年に釈放が認められています(死刑囚が再審開始決定と同時に釈放されるのは初)。以降、袴田さんは、姉の尽力を借りながらメディアに露出を続けた。それも無罪を勝ち取った一因になったはずです。

もし奥西さんが釈放されていれば、袴田事件と同様に、判決の様相は変わっていたかもしれません」

映画『いもうとの時間』では、袴田氏も登場する ©東海テレビ放送
映画『いもうとの時間』では、袴田氏も登場する ©東海テレビ放送

奥西氏は2015年に獄中で非業の死を遂げる。

現在、名張毒ぶどう事件は、第11次再審請求の準備段階だ。

進展の鍵を握るのは、証拠の開示にあると弁護団は見る。検察が警察に送った資料には、非開示の箇所が頻出しており、いかに証拠を掴むかがポイントとなる。

同時に、残酷なのは、再審請求の時間が限られているところだ。刑事訴訟法439条によれば「有罪判決を受けた者が死亡した場合、再審請求は配偶者や直系の親族及び兄弟姉妹ができる」とある。奥西氏の場合、この権利に該当するのは妹・美代子氏のみ。つまり美代子氏が亡くなれば、真相は闇に葬られる。

美代子氏は、御年95歳。映画のワンシーンでは、美代子氏が美容室を訪れ、白髪を染めながらこう話す。「あんまり白髪の頭しとったらな、裁判長が“えらいおばあさんやで、もう死ぬまで待ってろ”って。ええ結果くれんやろって」。美代子氏は冗談ぽく笑うが、あたかも法曹が美代子さんの死を待っているかのように映る。

「新しい証拠を提出しても、棄却決定しか出さないなら、一刻も早く証拠開示を明示するべき。袴田事件の無罪判決が出て、再審法改正の動きも見られる今、映画の公開が後押しになれば」と鎌田監督は声を大にする。

現在95歳の妹・美代子氏は、現在も再審請求を続ける ©東海テレビ放送
現在95歳の妹・美代子氏は、現在も再審請求を続ける ©東海テレビ放送
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取材・文・撮影/佐藤隼秀