90年代末以降は「実話怪談」が主流に

1980年代後半から1990年代半ばにかけて、ホラー漫画雑誌(『ハロウィン』や『サスペリア』など)でも、毎号、読者投稿の恐怖体験を漫画化したコーナーが設けられた。

1987年には『ハロウィン』から派生した恐怖体験専門の雑誌『ほんとにあった怖い話』が登場し、似たような漫画雑誌が次々と創刊された。再現漫画もまた、ホラー雑誌に載っているからというのもあるが、おどろおどろしい描写が決めどころで使われることが多かった。

雑誌『ほんとにあった怖い話』
雑誌『ほんとにあった怖い話』

1990年代初頭には、新たな怪談ジャンルの草分けが登場した。『新・耳・袋』(シリーズ化してからは『新耳袋』に改題)、『「超」怖い話』、『あやかし通信』などである。

これらの怪談本は、作家が取材した体験談を叙述する形式を取ったこと、心霊的因果に深入りするのを避けたこと、比較的淡々とした文体になっていることなどが特徴として挙げられる。このような様式は「実話怪談」と呼ばれ、1990年代末に『新耳袋』が復刊・シリーズ化してからは、大きな流れを形成するようになった。

2000年代前半には、素性の知れない団体による恐怖体験系の怪談本が激減し、個人の作家名が前面に出てくる実話怪談本が多数を占めるようになる。実話怪談の歴史や様式は吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方』に詳しい。

吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)
吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)

実話怪談では、書き手は報告者として現れるが、そこで報告されるのは別の人物(主として体験者)からの報告であり、書き手はそれを独自の言語的表現で提示している。その意味で報告者と作者の双方の役割を担っている。こうしたことから、実話怪談は「伝説」と「創作」の中間にある。

一人称的で扇情的な様式が完全に消え失せたわけではない。たとえばホラー漫画雑誌は大半が1990年代末までには休刊したが、恐怖体験専門の雑誌だけは生き延びている(※1) 。しかし、2020年代の出版情勢を見ると、実話怪談の一人勝ちのようである。

ここまでは活字媒体を取り上げてきたが、2010年前後から怪談師──音声や身振り、表情で怪談を表現する演者──が台頭してきたことは見逃せない。

稲川淳二や桜金造など、20世紀末から活躍してきた人々はいたし、さかのぼれば落語家も講談師も古くから怪談を演題にしてきたのだが、近年の怪談師は実話怪談本と密接な関係があるところに特徴がある。実話怪談本の作家と同じように、自分で体験者に取材して、自分なりにアレンジして表現しているのだ。

ライブ会場やYouTube チャンネル、テレビ番組などで話を披露しつつ、他方で実話怪談の文庫本を出版する怪談師は多い。

吉田悠軌によると、とりわけコロナ禍のはじまった2020年ごろから一気に「実話怪談プレイヤー」(作家と演者を含む)が増えてきており、2020年代前半は、それまでとは一線を画した「怪談ブーム」のさなかにあるのだという。