あきらめなかったことが道を開く

なおさんと同じように、なんらかの理由で追い詰められ、その後何年もひきこもったまま抜け出せない人は大勢いる。

それなのに、なおさんはどうして社会復帰できたのか。ひきこもったままの人と何が違うのか。そう聞くとなおさんはしばらく考えて、こう答えた。

「“頑張る種”があったから、頑張れたんですかね。過酷だったけどキラキラしていたITの世界に戻りたいとか、趣味のポーカーも働けなくなってやめちゃったけど、大会にもう一度出て勝ちたいとか。

幼少期にいじめられたことはすごくツラかったけど、それを働けない言い訳にしなかったこともある。あとは、あきらめなかったことが大きいかな。ひきこもりの人の中には、自分は働けないって最初からあきらめちゃってる人もけっこういると正直、感じます。

でも、俺はこのままじゃダメだという危機感は常に感じてましたもん。やっぱ、普通に働いているほうが絶対いい。堂々と生きていられるから。だけど、それを当事者会とかで言うと大反発食らうから、伝え方が難しいけど」

また、自助グループの仲間の存在も大きかったそうだ。なおさんが仲よくなった人たちは、「絶対に社会復帰しよう、そのために知恵を出し合おう」という雰囲気で、みんなで励まし合えた。実は、その仲間の中には6年間付き合った恋人もいた。社会復帰に向けてお互いに頑張るうちに忙しくなって別れてしまったが、「彼女のおかげで自分も頑張れた部分もあったので」感謝しているという。

晴れて社会復帰したとはいえ、病気を抱えたまま仕事をするのは、簡単ではない。なおさんの場合、双極性障害で気分の上がり下がりがあり、対人トラブルを起こしやすい。

それに加え、リモート勤務ではコミュニケーションもチャットを使うので、ニュアンスがうまく伝わらずに行き違いが多発したそうだ。ブランクを埋め合わせるのも大変で、「めっちゃキツイっすよ」とこぼすが、表情は明るい。

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「今が一番楽しいっすよ」

今年3月、なおさんは相続終活専門士の資格を取った。義理の父親ががんになり、相続や老後のことを考えたのがきっかけだ。

「コロナ禍があって、たまたまITの仕事に戻れたけど、どんどん新しい技術も入ってくるし、体力的にもキツイので60歳までやれるとは思えない。だから、ITの仕事ができなくなっても、別のことをできる体制にしておきたかったんですよ。

相続の仕事は人の役にも立てるし、自分の老後の勉強もできる。なんか、終わりよければすべてよし、じゃないけど、最後ぐらいはちゃんと綺麗に締めたいよね。

俺、運は間違いなく強いっすよね。幼少期は恵まれなかったけど、そこで人生終わるかと思ったら、たまたま首の皮一枚でつながったみたいな、ずっと、そんな感じだったし。親にはほめられた記憶がないけど、友だちの出会いには恵まれて、『頑張って生きてきたね』とか、すっごいほめてもらえるし。プライベートはホント楽しい。今が一番楽しいっすよ」

相続終活専門士の資格を取得したときのなおさん
相続終活専門士の資格を取得したときのなおさん
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取材・文/萩原絹代