SNSに誤字脱字が多いのは…

髙橋 本書で取材した中で、鷗来堂の栁下さんが「校正は楽しいです」と実に嬉しそうに語ってくださった。牟田さんも楽しみながら校正されていますか?

牟田 (大きく首を振って)私は楽しいと思ったことは一度もないです(笑)。ないですが、いろんなジャンルで校正をしている同業の方への興味はあります。『ことばの番人』で医薬品メーカーの方が「後ろから一文字一文字切り離して照合する」「言葉であることを忘れ、意味も考えずに文字合わせをする」という一節がありました。

髙橋 「消し込み」と言って、文字の一つひとつが「レ」点で塗り潰されていて、読めない状態でした。

牟田 文章として読んでいくと騙されるから、後ろから逆さまに読んでいく。なるほどと思いました。漢字の音読みと訓読みをひっくり返し、独特の抑揚で声に出して読んで校正する方もいます。音訓を逆にすることで、言葉として意味をなさなくなるので、文字をちゃんと見ることができる。

2人はそれぞれ校正をテーマに書籍を刊行した
2人はそれぞれ校正をテーマに書籍を刊行した
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髙橋 この本でも取りあげていますが大阪毎日新聞社校正部が編纂した『校正の研究』という古い本があります。

牟田 うちにもあります。今ではなかなか手に入りにくくなってしまいましたね。

高橋 この本の文中と奥付の「校」の字が違うんです。

牟田 (髙橋が指を差した箇所を覗き込んで)あっ、本当ですね。書体の違いでしょうか。

髙橋 困ったことに、別の場所では「校」がまた違う。「筆押さえ」が入っている。筆押さえとは、明朝体デザインの特徴で「八」の右側の「はらい」を書き始める際の横棒です。ベテラン校正者の小駒勝美さんは「筆押さえが一番好き」だとおっしゃっていた。それから私は筆押さえが気になって仕方がない。

『ことばの番人』では『校正の研究』から何箇所も引用しているんですが、それぞれの「校」の字が違う。だけど引用なんで、勝手に揃えることはできない。筆押さえなんて聞かなきゃよかったって(笑)。この本の中で引用している『校正往来』『大言海』でも「校」の違いが目について仕方がないんです。

牟田 校正の目で読むことを意識し始めると、細かいところが気になって仕方がなくなる。私も経験しました。ひらがなの「へ」とカタカナの「ヘ」が交ざっていないかとか。でもたくさん読んでいるとそのうち、読者読みでは気にならない時代が来ます(笑)。

髙橋 ある友人に「校正」について本を書いたので読んでほしいって連絡したら、それはいい、今の若い者の言葉が乱れている、よくぞ書いてくれたっていう興奮した調子でメールが来たんです。ところがそのメールに誤字脱字がたくさんある(笑)。感情が高ぶっていると誤字脱字が起こりやすい。

SNSに誤字脱字が多いのもしかり。それらは争いごとの種になる。一字一字読み返し見直してほしい。読み手あっての書き手なんです。私たちの本を読んで、ぜひ「校正」能力を身につけてください。

(※)校正とは何か――。『ことばの番人』の冒頭、校正者の山﨑良子への取材の中で髙橋はこう定義する。〈そもそも「校正」の「校」は訓読みすると「くらべる」。「校正」とは「写本または印刷物などを原稿や原本とくらべ、誤りを正す」(『講談社 新大字典(普及版)』)こと。元の原稿とゲラ(校正刷り)を照らし合わせる。あるいは引用の原文とゲラを照らし合わせる。さらには辞書・事典類、資料などと意味や事実関係を照合するのだ〉


文・構成/田崎健太(ノンフィクション作家) 写真/小林鉄兵

髙橋秀実さんが11月13日に逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 kotoba編集部

『ことばの番人』 集英社インターナショナル
髙橋秀実
『ことばの番人』 集英社インターナショナル
2024年9月26日
1980円(税込)
四六判:192ページ
ISBN: 978-4-7976-7451-4

校正者の精緻な仕事に迫るノンフィクション。
日本最古の歴史書『古事記』で命じられた「校正」という職業。校正者は、日々、新しいことばと出合い、規範となる日本語を守っている「ことばの番人」だ。
ユーモアを忘れない著者が、校正者たちの仕事、経験、思考、エピソードなどを紹介。
「正誤ではなく違和」「著者を威嚇?」「深すぎる言海」「文字の下僕」「原点はファミコン」「すべて誤字?」「漢字の罠」「校正の神様」「誤訳で生まれる不平等」「責任の隠蔽」「AIはバカともいえる」「人体も校正」……
あまたの文献、辞書をひもとき、日本語の校正とは何かを探る。

【本文より】
文章は書くというより読まれるもの。読み手頼みの他力本願なのだ。世の中には優れた書き手などおらず、優れた校正者がいるだけではないかとさえ私は思うのである。

【目次より】
第一章 はじめに校正ありき
第二章 ただしいことば
第三章 線と面積
第四章 字を見つめる
第五章 呪文の洗礼
第六章 忘却の彼方へ
第七章 間違える宿命
第八章 悪魔の戯れ
第九章 日本国誤植憲法
第十章 校正される私たち

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『文にあたる』亜紀書房
牟田都子
『文にあたる』亜紀書房
2022年8月10日
1760円(税込)
四六判:256ページ
ISBN: 978-4-7505-1754-4

《本を愛するすべての人へ》

人気校正者が、書物への止まらない想い、言葉との向き合い方、仕事に取り組む意識について——思いのたけを綴った初めての本。


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〈本を読む仕事〉という天職に出会って10年と少し。
無類の本読みでもある校正者・牟田都子は、今日も原稿をくり返し読み込み、書店や図書館をぐるぐる巡り、丹念に資料と向き合う。

1冊の本ができあがるまでに大きな役割を担う校正・校閲の仕事とは?
知られざる校正者の本の読み方、つきあい方。

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校正者にとっては百冊のうちの一冊でも、読者にとっては人生で唯一の一冊になるかもしれない。
誰かにとっては無数の本の中の一冊に過ぎないとしても、べつの誰かにとっては、かけがえのない一冊なのだ。

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