8000m峰は、順応した体で連続して登った方が楽!?
――ちなみに、14座の中で、もう二度と行きたくないと思うほどしんどかった山はありますか?
どこもいろんなエピソードがあって……。カンチェンジュンガという、世界で3番目に高い山では、登頂したと思ったら、実は頂上を間違えていることに気がついて。
ほとんど登りきっていたんですけど、同じ日に登り直すことは不可能だったので一旦下山してカトマンズまで戻りました。そこで1週間休んだ後、もう一度登り直しました。
カンチェンジュンガはノコギリの歯みたいな形をしていて、頂上がわかりづらいんです……。
K2はパキスタンから入るんですが、ベースキャンプまでのアプローチが長くてハード。ネパールのような、茶屋に泊まりながら進むトレッキングとは全然違う。
チベットにあるシシャパンマもビザや登山許可証をもらうのが一筋縄ではいかず、そうした苦労もあります。……まあ、それぞれの山に苦労やエピソードはたくさんありますね。
――シシャパンマは去年、雪崩で不幸な事故があって(注1)、石川さんは頂上直下まで到達していたものの、断念されましたね。今年は事故なく無事登頂に成功したのは何がポイントだったんでしょうか? 気象条件などもあったんですか?
(注1:2023年10月、アメリカ人女性初の14座登頂をかけてアンナ・グトゥとジーナ・ルズシドロ、二人の女性がそれぞれ別ルートからシシャパンマ登頂をを目指したが、双方のルート上で雪崩が発生。彼女たちとシェルパを含む合計4名が亡くなった。)
今年は、去年雪崩が起きた2つのルートはどちらも使わず、そこを避けるようにして、大きく左から回りこむルートをとって雪崩を回避しながら登りました。結果、2006年のスペイン隊が採用したルートを18年ぶりに登りなおしました。
――8000m峰に限らず、山は死と隣り合わせですよね。死を意識したりはしないんですか?
意識はしますけど、でもそこまで不確定要素がたくさんありすぎるわけではないので。
いろんなリスクを考えながら、でも着実に安全だと考えられる選択をしていく。突発的なことはもちろん絶対起こるけれども、そのときはしょうがない。とにかくこれで大丈夫だ、と思えるように準備をします。
一度失敗しても、途中でやりかけたまま、「やめた」となるほうがちょっと気持ち悪いっていうのもあるし……。
――最初にヒマラヤというエリアに行かれてから23年の間でヒマラヤの様子、登山のありようみたいなのもすごく変わったんじゃないかと思うんですけど、変化として一番感じていることは何ですか?
20数年前は、8000m峰に登るのは1年に1度、というのが一般的でした。あるいは数年に一度だったかもしれない。お金も時間もかかるし、順応にも時間をかけ、準備も大変でした。
でも数年前からニルマル・プルジャ(注2)が活躍し始め、彼らが採用している連続して8000m峰に登っていく、という方法が今ではだいぶポピュラーになってきました。
これは(2012年、日本人で初めて14座を登頂した)竹内洋岳さんらの時代から始まっているとは思うんですけど、高所に順応した体ができたら、次々と連続して登っていくっていうやり方ですね。14座に登頂する人が何人も出てきたのは、このスピード感があったからこそだと思います。
(注2 14座全てを7ヶ月以内で登るという人類最速の登山記録を打ち立てたネパール生まれの登山家。2021年にNetflixで配信された「ニルマル・プルジャ: 不可能を可能にした登山家」も話題になった。)
――なんでこんなスピードで登るようになったんでしょうか?
単純に、大きな隊を組んで何年かに一度大きな遠征に参加する、というやり方が非効率で時代に合わなくなっていったんでしょうね。
許可さえ取れれば連続して登れるし、1年に1回トレーニングしていくよりも順応した体で連続して登った方が実は負担が少ないんじゃないか、ということにみんなが気付いたということもあるのかな、と。
これは昔から考えられていたことではあるんだけど、ニルマル・プルジャが実践したことで「あ、やっぱりアリなんだ」と、みんな真似していったっていう感じもあります。
――石川さんは年に1度遠征に行くということも、時間をおかずに連続して登るというスタイルも、どっちも実践されているわけですが、実際に比べてどうですか?
正直、連続して登る方が楽ですね。1年に1回、高所登山に行く方が全然大変でした。
その1回のためにコンディションを作り、順応に注力するよりは、例えば2022年のように、ダウラギリに登頂して順応した体でそのままカンチェンジュンガに行く方が、いろいろな意味で負担が少なかった。人間の体って案外すぐ回復するし。
――そ、そうなんですかね……。
あと、14座全部に登ってみようと思い始めたのは、“偽ピーク問題”というのもあって、これが面白くなっちゃったっていうのもあります。
撮影/藤澤由加
取材・文/よみタイ編集部
※「よみタイ」2024年11月17日配信記事