「打席に入ると応援歌は聴こえないけど、現役最後の打席だけは…」
T-岡田、本名は岡田貴弘。2009年、翌年から指揮を取ることが決まっていた岡田彰布と名字が被るということで、ファンからの公募で決まった登録名が「T-岡田」だった。今では球団の垣根を越え多くの野球ファンに愛されているこの名前だが、当時の岡田は複雑な思いもあった。
「どうなんやろって。正直、やっぱそれが1番大きかったです。全然嫌ではなかったんですけど、『これはパッとしなあかんぞ』って。ほんとそれしかなかったですね。でもそれこそT-岡田にした年(2010年)に、本塁打王を取れたのでそれもあって、ある程度定着したのかなっていうのもあった。
今となったら『岡田貴弘』って言われても誰やろ? ってなりますよね。T-岡田じゃないとたぶん僕ってわからない人のほうが多いんじゃないかな。(引退後も)一応活動はT-岡田でしていく予定です」
登録名と並んで、T-岡田を特別なものにしたのは、稀代の名曲と言われる応援歌。哀愁あふれるトランペットの前奏からの「岡田!岡田!」コール。岡田の耳にあの応援歌はどのように届いていたのだろうか。
「うちの応援歌ってけっこう難しいやつ多いじゃないですか。その中でも僕のは歌いやすいですよね。そういう意味で歌ってくれる方が多いのはやっぱり嬉しいですよ。嬉しいですし、本当にめちゃくちゃおっきい声で歌ってくれる。
あと、『バファエール』(チャンステーマ)はやっぱりグッときますね。でも……正直シーズン中ってそこまで聴いてる余裕はなくて。打席に入る前はある程度聴こえるんですけど、入っちゃったらそんなに聴こえなくなるんですよね」
少し間をおいて、岡田は続ける。
「ただ、引退試合の日はもうこれ聴けるの最後やと思って。初めてあの応援歌を意識して聴いたというか。心に刻み込んでました」
9月24日、京セラドームで行われた引退試合。9回2アウト。思い切り振り抜いたボールはライトスタンド最上段。しかし、わずかにポールの右に逸れる。あのとき、打球を見送りながらしゃがみこんだ岡田は、少し笑っていたように見えた。まだ現役でやれるのでは……という我々ファンの淡い期待をよそに岡田は毅然とした口調で言う。
「あれが本塁打にならないから、引退なんですよ」