シンガポールの対策は
日本型IRはシンガポールをモデルにしている。では、そのお手本の国では、ギャンブル依存症の現状はどうなっているのだろうか。
シンガポールでは、国民と永住権保持者について、ギャンブル依存症が疑われる人の割合を3年ごとに調査している。
ギャンブル依存症対策を行っている行政機関「国家賭博問題対策協議会」(NCPG)の報告書が、ネットで閲覧できる。そのデータを2005〜20年まで6回分拾い、下の表にまとめてみた。シンガポールでIRが開業したのが2010年。その前の段階から、現在までを比較できる期間を取った。このシンガポールの調査でも、米国精神医学会の診断マニュアル「DSM-5」が使われている。
シンガポールではカジノの開業前から、競馬やロト、スポーツ賭博があった。「病的ギャンブル有病率」と「問題ギャンブル有病率」を合算した「ギャンブル依存症患者割合」が、2005年時点で4.1%になっているのには、こうした背景がある。
この2005年と2020年の1.2%を比較すると、ギャンブル依存症患者割合は明らかに減少している。
では、シンガポールはどのような対策をしたのだろうか。同国は、2005年4月に「IR開発推進計画」を閣議決定した。この時に包括的なギャンブル依存症対策を導入し、以後も継続的に対策を拡充してきた。
まず同年8月、社会家族開発省のもとに心理学者、カウンセラーや法律家などで構成するNCPGを設立。学校や企業でギャンブル依存症について学ぶ予防教育や広報啓発活動を実施し、ヘルプラインやWEB相談などのサービスも提供した。NCPGは、カジノへの出入り禁止規制の適用も判断するほか、引用した統計のようなギャンブル依存のリサーチも担う。
また、2008年には保健省のもとに「国家依存症管理サービス機構」(NAMS)を設立した。NAMSは、同省管轄下の依存症専門クリニックを組織改編してできた。ギャンブルだけでなく、アルコール、ドラッグなどさまざまな依存症治療を強化している。
大阪IRで導入する各種入場規制を、シンガポールも行っている。入場時は身分証明書を提示する。シンガポール国民と永住者には1回150シンガポールドル(2024年4月の時点だと約1万6800円)か、年間3000シンガポールドル(約33万6000円)の入場料を課している。
この入場料は、2019年4月にそれまでの1.5倍に引き上げられている。
1回の入場料だと日本は6000円だから、3倍近い。昨今の円安でシンガポールの入場料が割高となったことを加味しても、日本より厳しい金額と見なせよう。
また、カジノ施設内への銀行ATMの設置禁止もあるほか、損失限度額の自己申請による事前設定も可能だ。
シンガポールでは、カジノからの排除対策も進められている。NCPGがまとめた「2021〜2023年期間報告」によると、2023年6月末時点で、有効な排除命令は計34万1313件にのぼる。内訳はカジノからの自己申告による排除が18万5309件、法律による排除が11万9138件、家族による排除命令が3230件などとなっている。
なお、先の依存症患者割合の推移データを見ると、2014年の0.7%を底にして、2020年は1.2%に上昇している。しかし、NCPGは2014年から17年、17年から20年への数字の差は「統計的に有意ではない」と説明している。誤差の範囲との捉え方で、上昇ではなく「横ばい」との評価だ。
今後さらに割合が増えていくと、NCPGもさすがに「横ばい」とは言えなくなるかもしれない。しかし、2020年までのデータからすると、シンガポールはIR開業を契機にギャンブル依存症対策に成功したと捉えるのが自然だ。
やはりIR開業前の時点から各種施策を実行し、きちんと予算をつけられたことが大きい。一点付言すると、シンガポールの総人口は591万7648人(2023年6月時点)であり、国家の規模的に施策の浸透を図りやすいという特徴もある。
日本でも大阪IRが本格稼働している2030年代に、同じような経過となることが望ましい。しかし、海外でのカジノ導入の事例では、絶対にそうなりたくない悪夢のケースもある。
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