次々と明らかになる事故の「真相」
とはいえ、できることといえば事故現場に立ち目撃情報を募るぐらいしかない。が、それは家族が目撃者を探していると知った勝美の知人たちにとどまらず、子供の同級生の親や近隣住民、職場の同僚までをも巻き込んだ大捜査に発展していく。
みんなの思いは一緒だった。6万5千部のチラシを配り、勝美が危険な運転をするはずはないと訴えた。
そんなある日、家族は意外な人物に遭遇する。事故相手の女性、Wである。事故現場に手向けた花の入れ替えをしていると、彼女と夫が現場をスマホで撮影していたのだ。お悔やみの言葉をかけられても素直に聞けるのか。本当に父が急に飛び出してきたのか。一気に緊張が走る。
自らに、冷静に冷静にと呼びかけ、間合いを詰めた。杏梨は言う。
「目を合わせることすらしてこなかったんです。私たちの存在に気づいているはずなのに」Wと夫が取った行動は、完全に無視だった。おそらく3メートルも離れていない真横から歩道を歩き立ち去ったのである。杏梨は涙ながらに語る。
「事故後、母はもちろん、妹も弟も心療内科にかかるまで追い詰められました。もう限界だったのでしょう。母に至ってはいまも心療内科に通っています」
しかし、家族の行動は無駄ではなかった。ほどなく警察に、捜査員が探そうとすらしていなかった目撃情報が続々と集まり、その全てが「事故を起こした相手が〝信号無視〟をしていた」というものだったのだ。
そして事件から9日後、警察はようやくWを過失運転致死の容疑で逮捕する。杏梨が「父はやっぱりいつもどおり脇道を通って帰ってきたということですか?」と聞いたところ、警察は「おそらくそういうことになります」とバツが悪そうに答えたという。
「とりあえず父が悪くなかったことは証明できた。でも、嬉しいとかじゃない。やっぱり悪くなかったのにどうして死ななきゃいけなかったのかって気持ちが強かったです」
勝美が急な右折などしていないことも明らかになった。脇道を通る姿を記録した防犯カメラが見つかったのである。
「警察は、当初の広報を間違いだと暗に認めたのです。そして、争点はどちらの信号が青だったかに絞られました」(杏梨)