価値観を1年で変えることは難しい

まわりの人は「少年院で更生してる」と思うだろうが、実際に考えてみてほしい。少年院の生活期間は1年だ。その期間を「1年も」と思う人もいるだろうが、私にしてみたら「たった1年」だ。

これまで生きてきた価値観を、たった1年で変えることはかなり難しい。

少年たちの価値観を常識で考えたらダメだ。親に虐待されていた少年は「暴力」という方法しか解決策を知らなかった。幼少期から親の薬物使用を見ていた少年は薬物への抵抗がまったくなかった。

自分が望んでその価値観を持つようになったわけではないことも知ってほしい。

1年という期間で自分と向き合いながら、「変わりたいと思えるようになる」こと、また「変わりたいというきっかけと出会う」ことだけで精一杯じゃないかと私は思う。

だから、出院はゴールじゃなくて社会生活本番のスタートなんだ。

出院後、誰と出会うか、誰と過ごすかで、その後の生活が決まってくる。
これからなんだ。

虐待を受ける子供(写真はイメージ)
虐待を受ける子供(写真はイメージ)

正直、私はワタルが失敗したのが社会に出てからでなく、少年院の中でよかったと思った。

少年院の中でなら、失敗を次につなげることができるが、社会に出たらやり直しができない状況になる場合もある。

この坂を〝地獄坂〟として上ることのないように、社会でワタルに関わっていきたいと思った。

「先生、お話を聞かせていただき、ありがとうございました」

ワタルに届いているかどうかはわからない。それでも寄り添い、何度も何度も伝えていくことに意味がある。

再犯しないために「頼れる人に頼る」

ワタルと高坂くんは、玄関を出て桜の木を通りすぎ、銀杏並木のあたりまで進んでいた。

桜も銀杏も緑の葉が茂り、空は快晴だった。

「ワタル、今日仮退院だけど、何か心配なことはある?」

高坂くんがワタルに話しかけた。

「社会が不安でしかないです。交友関係とか」

(写真はイメージ)
(写真はイメージ)

「自分できっかけをつくるしかないんだよね」

高坂くんの言葉にうなずきながら、ワタルはこう言った。

「ここでつながった人や、地元の人との距離感とか」

「再犯しないように気をつけることって何だっけ?」

「頼れる人に頼る」

合言葉のようにワタルが答えた。これは、インタビューでワタルとした会話だった。

門扉で待っているワタルの両親が見える。取材はここまでの約束だったが、父親が少しだけ話を聞かせてくれた。

「これから、進学でも仕事でも、やりたいことをやればいいと思っています。応援するつもりです」

隣にいる母親はうなずきながら、ワタルを優しい目で見守っていた。

仮退院は、卒業式に似ていると私は思う。送り出す先生とこれから先を応援する両親。みんなが見守るなか、ワタルは仮退院を迎えた。

そして――。このときは、まさかワタルが重大事件に関わってしまうことになるとは誰も予測していなかった。