読後感のいい小説への挑戦

真下 『かごいっぱいに詰め込んで』では、もともとはいろんな年代の、いろんな人の話を書きたいと思ったんです。振り返ると、これまで自分と年代の近い女性視点でばかり書いてきたことに気づいて、そうじゃない小説を書きたくて。デビュー作(『#柚莉愛とかくれんぼ』)でSNSを使った話を書いたので、二作目(『あさひは失敗しない』)はSNSを使わなくても書けるぞというところを見せたかった。三作目の『茜さす日に嘘を隠して』は長編ではなく連作短編で、歌詞を書けることもアピールしたいなと思ったんですね。いつも同じ感じだと飽きられちゃうと思うので、新しいことに挑戦したいんです。
佐原 「おしゃべりレジ」は後から?
真下 そうですね。今セルフレジがどんどん増えていますよね。私自身はセルフレジ派で、セルフレジがあったらセルフレジを使うんですけど、セルフレジしかないお店で困っていたおばあさんがいたんですよ。結局、店員さんがやってくれたんですけど、その店員さんが素っ気ない対応だったんです。セルフレジが使えないというだけでそんなに冷たくしなくたっていいじゃないかと思って、そういう人がゆっくりお会計できるようなレジがあればいいのになって思いました。
 調べてみたら、オランダで世間話ができるレジがスーパーに導入されているというニュース記事が見つかって、まだ日本にはないから書いてみようと思いました。おしゃべりレジを軸にすればいろんな世代の人たちの話を書いて連作にできるんじゃないかと。
 実はもう一つやりたかったことがあって、それは読後感のいい小説を書くということ。私の小説って、読後感が悪いと言われていて、自分自身、読者として読後感が悪い小説が好きだったので自然とそうなったんです。でも、自分が就職して本を読もうとなった時に、現実がこんなつらいのに本の中でもつらい気持ちになりたくないと思ってしまって。それで今回は読後感のいい小説、ハッピーエンドをめざそうと。佐原さんには「これハッピーエンドですか?」みたいに言われたんですけど(笑)。
佐原 連作のうち、いくつかはただのハッピーエンドじゃないってことですよ(笑)。この後、ホラー待ってるぞみたいな予感が漂っていたりして。
真下 そういう話もあるんですけど、全体として前向きエンドみたいな感じにはしたいなと。働いている人の話でもあるので、お勤めの方が手に取った時に、読まなきゃよかった、すっごい嫌な気持ちになった、みたいにならないようなものにしたかったんです。これは就職しないと分からなかったので、就職した経験が生かされているのかなと思います。
佐原 五つの短編の主人公、それぞれの解像度がめっちゃ高かったです。自分と全く属性が異なる人を書く時に、どうやって解像度を上げたのかを聞きたいです。
真下 登場人物に似た属性の知り合いに、取材というほどかしこまった感じじゃなくて、何時に会社に行って何時に帰ってくるとか、ルーティンはありますかとか、質問させてもらいました。後は就活の時に見ていた『業界地図』とか『会社四季報』で、どんな業界のどんな規模の会社に勤めていることにしようかなと考えたりしましたね。
 仕事の描写に関しては自信がなかったんですけど、自分が会社員だった時の経験をベースに、主人公の属性に近い人に聞いた話と、自分がやっていた仕事との差異をあぶり出していき、想像して書くみたいな感じでした。

『かごいっぱいに詰め込んで』
真下みこと
講談社 定価1815円(税込) 発売中
『かごいっぱいに詰め込んで』
真下みこと
講談社 定価1815円(税込) 発売中
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持続可能な光が届いた先に

佐原 『かごいっぱいに詰め込んで』を読み返して気づいたんですが、真下さん、第二話以外、光の描写を最後に書いているんですね。
真下 何かの時に佐原さんに言われたことが生きているんですよ。
佐原 何か言ったっけ? 怖い(笑)。
真下 「真下さんは最後にもうちょっと光量を上げたほうがいい。ハッピーエンドだったら花火をぶち上げるような光を書いたほうがいい」って。
佐原 え!? そんなこと言いましたっけ。
真下 「真下さんのハッピーエンドは、真下さんが思っているほどハッピーに見えないから、もしハッピーに見せたいなら、もっと分かりやすく、光とか、花火とか、そういうものを出したほうがいいですよ」って言われたんです。
佐原 ごめん。めっちゃ偉そうなこと言ってるな、私(笑)。
真下 言われてみると、たしかに佐原さんの作品って自然に光が当たっているんですよね。それで、私も今回、がんばって光らせてみたんです。

――佐原さんは今回、『スターゲイザー』の三章で「光が嫌いだ。/逃げも隠れもできないステージで、おれを突き刺す光」という書き出しで、光のネガティブな側面も描いていますね。

佐原 そうですね。『スターゲイザー』は全編通じて星とか光が出てきますが、必ずしも肯定的な光の話だけではないというのは自分でも意識していました。
真下 佐原さんが光を否定するような感じで書かれていたから、光を書き尽くすとそうなるのか、と思ったんですよ。佐原さんはお名前がひかり。光の権化というか。
佐原 光の権化でやっております(笑)。
真下 『スターゲイザー』で、ステージの光が目を刺すようにまぶしいという描写が印象的で、たしかにあれだけ光っていたらまぶしいよなって。
佐原 そうですよね。私、いつもアイドルのコンサートにサングラスに耳栓で行っているんですよ。あまりにも照明がまぶしすぎて、音が大きすぎるから。私たち観客はそうやって対策できるんですけど、歌って踊っている側はできないじゃないですか。そういう肉体的な負荷は絶対あるなと思っていて、それも書きたかったんです。
 私、今回、書店員さん向けの見本にメッセージを書かせてもらったんですけど、そこにはこう書きました。
「私自身が推す側であり推される側である。だからこそ、私の好きな人たちが、そして私自身がどうすれば持続可能な光でいられるのかみたいなのを考えながら書きました」。
真下 「持続可能な光」っていいですね。
佐原 めちゃくちゃ輝いていたら一瞬で燃え尽きてしまいそう。燃え尽きないようにアイドルを続けてほしい。真下さんも「お体大切に」とか読者の方に言われることないですか。
真下 言いますね。最近、私、大河ドラマの『光る君へ』にハマっていて、ドラマに出てきた「お健やかに」っていうセリフを挨拶代わりに言ってます。たしかに大切な人には「お健やかに」いてほしいなと。
佐原 祈りですよね。ブログとかメールの末筆に、「お健やかに」とか「体調にお気をつけください」とか毎回書いているのは、とりあえずみんな健康でいてほしいという気持ちからなんですよね。ファンもアイドルに対して思っていると思うんですよ。「お健やかに」。親みたいですけど(笑)。

「小説すばる」2024年10月号転載

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