投票のため多くの有権者が仕事を休んで地元に帰省
とはいえ前出のトニーさんたちは、テレビを見ながら、ひたすらに険しい表情を浮かべていたわけではない。朝方までテレビ中継を流しながら、ときに食事やカラオケを楽しんだり、友人とビデオ通話をしたりしていた。そしてまた各地区の開票結果が発表されると、テレビの前へ戻って状況を確認していた。
彼らは一部の選挙好きというわけではない。医師をしている高齢の女性は「スリランカでは家族や友だちと一緒に選挙の番組を見るのが一般的なんです。ちょっと特別な料理をつくったり、うちではケーキを焼きます」と説明し、明るい笑顔を見せる。
筆者が宿泊しているホテルの男性スタッフも「トゥモロー、ニュープレジデント!」と興奮した様子で言い、仕事の休憩中にはスマートフォンでライブ中継に見入っていた。
投票に向けては、多くの有権者が仕事を休んで地元に帰る。最大都市コロンボのバスターミナルでは“選挙帰省ラッシュ”となり、地元紙がその様子を報じていた。
このように多くの国民が注目する選挙は、企業にとってプロモーションのチャンスだ。テレビの速報番組は、エンタメ要素たっぷりに迫力を持って演出され、合間にはCMが次々に流れる。新聞を見れば、選挙にからめた文言とともにテレビや洗濯機などの宣伝広告が多数、掲載されるなど、まさにお祭りムードだ。
投票所周辺では野生のゾウによる“投票妨害”を警戒⁉
今回の大統領選は、各地の約13万の投票所で行なわれた。
インド洋に浮かぶ島国は、北海道よりやや小さい国土のなかに、数多くの国立公園や自然保護区があり、多種多様な野生生物が暮らす。
スリランカを象徴するゾウについては、大統領選でもちょっとした話題になった。地元紙のデイリー・ミラーは、選挙ウィークに「有権者に脅威 野生生物保護当局がゾウの阻止に備える」と題した記事を掲載。
同紙は、選挙管理委員会幹部の話として、中部クルネガラだけでも約100箇所の投票所周辺で、有権者と野生のゾウが鉢合わせる危険性があると報じた。幹部は「有権者が安全に投票所に集まり、選挙権を行使できるように、必要に応じて担当者が爆竹を持って待機する」と同紙の取材に語った。
さまざまな対応がされた選挙戦は22日夜、無事に開票を終えた。1回目の開票では、どの候補者も当選に必要な過半数に届かず、上位2人の野党候補による票の再集計が行なわれた。有権者は上位3位まで優先順位をつけて投票しており、2位以下の票も加えて当選者を決めるというわけだ。
結果、アヌラ・ディサナヤケ氏が約574万票、最大野党・統一人民戦線の党首、サジット・プレマダーサ氏が約453万票。ディサナヤケ氏の勝利で決着した。
ディサナヤケ氏は、ウィクラマシンハ氏が進めた緊縮政策の見直しを訴え人気を集めた。日本などが主導してきた債務再編にも影響する可能性があると、日本のメディアは報じている。
前出の医師の女性は、国民の選挙への熱意について、「私たちは変わりたいから、政府を変えないといけないと思っている」と語り、真剣な表現に変わった。
国民が、自分たちの未来をよくしたいという必死さが、ひしひしと伝わってくる選挙ウィークだった。
取材・文・撮影/一ノ瀬伸