仕事以外の文脈を思い出す
『ファスト教養』のなかでレジーは、ビジネス上のコミュニケーションのために音楽という情報を得ようとすることを批判的に語る。しかし一方で、ビジネスのために音楽という情報に触れることで、結果的に本来ノイズだった、ビジネス以外の文脈に触れることも─あるかもしれないのだ。
そう、映画を早送りで観ても、教養をビジネスのために利用しても、「推し」を仕事からの現実逃避のために推していても。それはもしかすると、自分の外側にあるノイズである文脈─遠いけれどいつかは自分に返ってくるかもしれない文脈─の入り口かもしれない。
たとえ入り口が何であれ、情報を得ているうちに、自分から遠く離れた他者の文脈に触れることはある。
たとえば面接のためにフリッパーズ・ギターを調べているうちに、昔の音楽を聴くようになるかもしれない。たとえば早送りで観たドラマをきっかけに、自分ではない誰かに感情移入するようになるかもしれない。たとえば自分の「推し」がきっかけで、他国の政治状況を知るかもしれない。
今の自分には関係のない、ノイズに、世界は溢れている。
その気になれば、入り口は何であれ、今の自分にはノイズになってしまうような─他者の文脈に触れることは、生きていればいくらでもあるのだ。
大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。
仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。
仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること。
それこそが、私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか。
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