住宅街とは思えない荘厳な光景

人混みをかきわけて教会の建物に近づく。窓ガラスには聖者の絵が描かれていて美しい。礼拝堂に入ると、ルーマニア人司祭のダニエル・コリウ神父と、日本人の輔祭の武井徹氏がすでに奉神礼をはじめていた。堂内の壁には正教会ならではのイコンが並び、祭壇も極めて荘厳だ。イコンや祭壇は、この建物を買い取った後にルーマニア本国から調達したという。

雰囲気は完全にルーマニア本国だ 撮影:Soichiro Koriyama
雰囲気は完全にルーマニア本国だ 撮影:Soichiro Koriyama

異国の祈りの言葉を朗々と唱えるダニエル神父の声は、節回しや発声がしっかりしており、言葉がわからなくても聞き惚れる。堂内で祈っている人たちは女性が多く、神父の祈りの合間に彼女たちが歌う聖歌も、ヒーリング・ソングになりそうな優しい調べだ。

キャンドルをかかげるダニエル神父 撮影:Soichiro Koriyama
キャンドルをかかげるダニエル神父 撮影:Soichiro Koriyama

ナザレのイエス(正教での読み方はイイスス)が救世主のキリスト(同、ハリストス)であると信じる教えであるキリスト教は、やがてローマ帝国の国教になったが、帝国の東西分割と西ローマ帝国の滅亡によって、キリスト教世界の中心は西方のローマと東方のコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に徐々に2極化し、両者は11世紀に完全に離れた。前者がカトリック、後者が正教会であり、正教会はロシアをはじめ東欧諸国やギリシャなどで信者が多い。

バチカンを中心にしたトップダウン構造のカトリックと違い、正教会の場合は各国の総主教が対等の関係なので、たとえばルーマニア正教会がロシア正教会の傘下にあったりすることはない(いっぽう、各国単位で教会組織が存在するため、国家体制と距離が近くなりがちだという指摘もある)。教義は各国ともに同一で、武井輔祭によると「聖火や祈りの内容も同じ。その際の言語が違うくらい」だ。儀礼の際の細かな順序などが異なる程度らしい。

「アーミン」(アーメン)

時刻が0時に近づくと、明かりが落とされ人々がキャンドルを手にしはじめた。月並みな表現ながら、極めて幻想的だ。灯火のなかをダニエル神父と武井輔祭が歩き、ハリストスの復活が祝われた。この日この時間、この国立市富士見台の一角は完全にルーマニアだった。

深夜0時の富士見台には見えない光景 撮影:Soichiro Koriyama
深夜0時の富士見台には見えない光景 撮影:Soichiro Koriyama