弁護側は「包丁は被害者を脅すためで突発的だった」と主張するが…
起訴状によると伊藤龍稀被告は、昨年6月、横浜市鶴見区で当時18歳の元交際相手の女子大生の首や胸などを包丁で突き刺し殺害したなどの罪に問われている。
「冒頭陳述によると、女子大生は伊藤被告から暴力を受け昨年6月に別れを決意。伊藤被告は『繰り返し復縁を迫ったが断られたため殺害した』と供述していた。
検察側は、凶器を入手するために車で量販店に向かう際、伊藤被告が『必ず刺さないと。未遂で捕まったら⚫︎⚫︎(被害者の名前)がハッピーなだけ』などと独り言をいっていたドライブレコーダーの記録を証拠として提出しており、強い殺意があったことを主張。
いっぽうの弁護側は、『伊藤被告は別れを告げられ、人生の全てを捧げたのに全てを失ったと思い犯行に至った』『包丁は被害者を脅すためで突発的だった』とし『背景には被告の発達障害がある』と主張している」(全国紙社会部記者)
集英社オンラインでは昨年6月と12月に事件を取材、複数の関係者から証言を聞いている。
中学時代の同級生は伊藤被告の印象をこう話した。
「ハルキは中学2年の初めくらいに転校してきました。栃木県のほうから引っ越してきたはずです。部活動は複数掛け持ちしていたような気がするけど、サッカーに本腰を入れていました。運動神経はかなりよくてサッカーも上手で、ポジションはキーパーだったと思います。
社交的で誰とでも仲よくなるタイプで、少年院に入っちゃうような子とも仲がよかったんですよ。本人はまったく悪いことはしてなくて、いいヤツすぎるぐらいだったんですけどね。
だから校内では結構な人気者でした。マジックに凝ってるときもあって、何かの集まりで校長先生たちにマジックを披露して大盛り上がりしたこともありました」
しかし、数年後に偶然再会したかつての「人気者」は、見る影もないほど「ヤンチャ」になっていた。グレた背景には家庭環境も影響していたようだ。中学時代の親友は当時の取材でこう答えていた。
「ハルキの家は中学のころから母子家庭でした。宇都宮のほうから引っ越してきたときにはもう母親だけで、妹と弟のほかに一時期不良っぽい感じの義理の父親という人もいました。
ハルキは中学時代から『家にいたくない』『親といたくない』という理由で週に2〜3回は家を飛び出しては近くの公園に寝泊まりしてました。それで警察沙汰になり、余計に母親から冷たくされていたんです。
17歳で高校を中退したんですけど、ちょうどそのくらいの時期に母親が山形に引っ越すことになったんです。弟と妹は連れられていきましたが、あいつは置いていかれました。母親は再婚していたので、その関係かもしれませんが、詳しい理由はわかりません。
あいつはそれから一度、山形に行って、『母親に冷たくされた』と帰ってきたことがありました。親から愛されてない感じはしましたね」