松本人志の笑いは「発想力重視の笑い」
松本さんの笑いについてはさまざまな切り口で語ることができると思いますが、あえてもっとも特徴的な部分を挙げるとすれば「発想力重視の笑い」ということです。
松本さんの笑いのなかには、どうやって考えたのかわからないような斬新な発想があります。初めて見たときから圧倒的に面白くて衝撃を受けました。ただ、その発想のルーツや背景のようなものがあまり見えてこなくて、得体が知れないところがありました。
例えば、初期の漫才で「太郎くんが花屋さんに花を買いに行きました。さて、どうでしょう?」という有名なクイズネタがあります。これはいわゆるシュールな笑いと言われるようなものです。
このように文脈をずらしたり、突飛な発想を見せたりするシュールな笑いというもの自体はダウンタウン以前にもありました。演劇でも漫画でもそういうものはつくられていたし、そこに影響を受けた芸人やタレントもたくさんいました。でも、松本さんがやっていた笑いは、既存のものに影響を受けている感じがほとんど見られず、圧倒的にオリジナリティがありました。
タモリ、たけし、さんま、とんねるず、ウンナン、爆笑問題とさまざまな笑いのスタイルを持つ芸人さんがいたなかで、松本さんだけが「笑いのカリスマ」と呼ばれるようになったのは、極端に発想力に偏った笑いを実践してきたからでしょう。そこに多くの人が衝撃を受けたのです。
それはいわゆるベタな笑いの対極にあります。爆笑問題の太田光さんもダウンタウンの笑いについて〈爆笑問題と彼らは芸風がまったく違います。俺らは簡潔に言ってベタ。シンプルに笑いが欲しいタイプ。松本さんがつくったものはシュールな笑いなんですよ。客に向かって「これがわかるか」というアプローチ。〈笑われる〉のが俺なら、〈笑わせる〉のがダウンタウン〉〈そんなダウンタウンの笑いが、まさかその後主流になっていくとは思っていなかった〉と書いています(『週刊文春WOMAN』2024春号)。
太田さんが言うように、ダウンタウンの特別なところは受け手を選ぶマイナー志向の芸風のままでメジャーになったというところです。シュールな笑いをやる芸人や演劇人はそれまでにもいましたが、ダウンタウンほど国民的な支持を得るまでには至っていませんでした。
例えば、タモリさんも本来はサブカル的な笑いの感覚を持った人ですが、毒のあるブラックな笑いの要素を抑えて『笑っていいとも!』(フジテレビ)などに出演して、大衆的なスターになりました。メジャーになっていく過程である程度は丸くなっていくのが普通なんですが、ダウンタウンの場合はシュールなネタや尖った芸風をそのまま見せて、その圧倒的な面白さで世間をねじ伏せていったのです。
松本さんは、それまで誰も見たことがなかった新たなお笑いの景色を見せてくれました。だから、若い世代を中心にした当時のファンは「こんなの見たことない!」と驚き熱狂したのです。