神経難病が克服されるのも夢物語ではない
克服に向かっている病気はがん以外にもあります。筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症(SMA)といった「神経難病」と総称される病気も治せる可能性が出てきているのです。
ALSは、筋肉を動かす神経細胞に異常が発生して、脳からの指示が筋肉に伝わらなくなる病気です。病状が進行すると手足だけでなく、呼吸に必要な筋肉も動かなくなり、最終的には死に至ります。SMAは脊髄の神経細胞の障害によって手足の筋力低下や筋萎縮が進む病気です。筋ジストロフィー症やパーキンソン病のように、神経細胞が変化して起きる遺伝性の希少疾患です。
ALSについては、ALS患者さんの細胞からiPS細胞をつくって病気を再現し、変形した神経細胞からALSの原因遺伝子を特定することに成功しています。これにより、原因遺伝子を標的とした分子標的治療の完成が期待されています。
研究開発に乗り出したベンチャーの試みがうまくいかなかった例も出ており、その方法論の確立にはまだ少し時間がかかりそうです。
他方、神経細胞がどのようなときにストレスを受けて細胞死に向かうかの究明は着実に進んでいます。米アミリックス社はそれを利用し、ミトコンドリアなどを通じた細胞死を邪魔する2つの技術を組み合わせた薬剤を開発し、2022年に米当局の承認を受け、2023年には満を持して日本法人を設立しています。
このように、ALSという長く目標になっていた難病についても、創薬アプローチ全体が病気の克服に向けた成功のコースに入っていると考えることができます。
SMAは2020年、スイスの製薬大手、ノバルティスが開発した治療薬、ゾルゲンスマが厚生労働省に承認され、2歳未満の乳幼児に対して保険で治療できるようになりました。それまでSMAを根本的に治療する術はなく、対症療法で治療するしかありませんでした。
筋肉への障害が起きる満2歳までのあいだに神経細胞の異常を補正することができれば、発病を抑えることができます。
このように神経難病においても目覚ましい研究成果が発表され、薬の開発につながっています。神経難病によって死ぬことも少なくなっていくと予想できるのです。
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