外務省では「ロヒンギャ」はNGワード
今年の3月1日、群馬県館林市。アウンティン(55)は茂林寺駅前でそわそわしていた。招待した客が、次の電車でやってくるのだ。彼は、国連が世界で最も迫害されている民族と報告したミャンマーの少数民族ロヒンギャである。弾圧を逃れて来日し、現在は日本国籍を取得して舘林で暮らしている。
電車がやってくると、ホームに長身の男性が降り立った。改札から凝視していたアウンティンが「あっ、泉大使!」と声をあげた。泉裕泰(66)はすでに外務省を退官しているが、それでもロヒンギャの彼からすれば今でも「大使」なのだ。
泉は2017年から2年間、駐バングラディッシュ特命日本全権大使を務めていた。当時から、ロヒンギャに関する難民支援とその地位的な救済の必要を発信し続けてきていた。後述するが、これはミャンマー政府の意向を過剰に忖度する日本政府のなかでは異例の振る舞いであった。
ロヒンギャはミャンマー政府に国籍を剥奪され、居住地を限定されるなどの弾圧を受けていたが、国軍はさらに国外への追い出しを狙って2017年8月26日から軍事掃討作戦を展開した。
この日、現場となったラカイン州のシットウエにいた筆者は、現地の男性から「これから軍の非道が続くだろう」と聞かされた。実際、この日より、国軍がロヒンギャに対して犯した人道に反する罪は、凄惨を極めた。
村を焼き、住民を無差別に殺害し、女性に対しては組織的な集団レイプが行われた。クトゥパロンの難民キャップだけでも約4000人の性被害が報告されている。ロヒンギャは難民となって 、隣国バングラディッシュに約80万人が逃れていった。
事態を重く見た欧州連合はミャンマーに対する関税優遇措置を外すことを検討し、アメリカ財務省もミャンマー軍幹部に経済制裁を科すと発表した。
しかし、日本政府はこれらの動きに同調せず、一貫してロヒンギャを見捨ててきた。ロヒンギャの暮らすラカイン州は、インド洋から中国まで伸びるパイプラインの起点であり、その利権が欲しいミャンマー政府は、ロヒンギャの先住権を認めずにベンガルからの違法移民とし、国籍を剥奪している。
そして日本の外務省もまたこれに追随し、ロヒンギャという民族名を一切、使用せず「ラカイン州のムスリム」と呼称している。
2018年に国連総会で、ミャンマー政府によるロヒンギャ迫害を非難する決議が採択されるも、日本はこれを棄権。同年12月には駐ミャンマー日本大使の丸山市郎氏が「今、ミャンマーは経済も民主主義も発展しており、日本政府はさらにサポートしていくつもりです」と発言した。
ミャンマーに対する最大の投資国として、日本はロヒンギャに対する虐殺や性テロリズムを容認し、ビジネスを優先させると宣言したに等しかった。丸山大使は翌年にも「ミャンマー軍はロヒンギャの大量虐殺に関与していない」と発言し、「ベンガル人」という呼び名を使った。殺戮を繰り返す国軍におもねる官製ヘイト発言であった。