ロマンスグレーで紳士的なパパ
「あ、パパ。おかえり~」
そんなある日、ワシは入店客がそう呼ばれるのを聞いた。
店内に入ってきたのは全身を黒一色でコーディネートする、長身かつロマンスグレーの中年男性だった。穏やかな表情で、一人ずつメイドさんたちの名前を呼び、それこそ久々に会った娘にお小遣いをあげるような感じで、全員に次々とドリンクをあげていた。
「あれが、パパか……!」
ワシは遠くの席から彼のことを観察することにした。メイドさんに娘という立場を押し付けて、パパとしてチヤホヤされたいのだろうか、と邪推していた。
しかし、実際に見るパパの振る舞いはなんとも紳士的なものだった。ただ静かに酒を飲み、声を荒らげることもなく、また自分の席にメイドさんが話しかけに来ずとも不機嫌になることない。優しい目で働いているメイドさんたちを眺め、たまに妻であるみとらさんと話している。
「パパやん……!」
ワシは見誤っていた。パパは人気を得たいがためにメイドさんを娘にしている訳ではなかった。むしろ自分は遠くから見守ることに徹し、疲れたら帰れるような居場所を作っている。新人メイドを次々と娘に加えているのも、まだ仕事に慣れず、お客さんと話すのも苦手な子たちに会話のきっかけを与えるためなのだ。多分。
「でっけぇな、パパってやつは」
パパは身長も185cmくらいあった。
それからしばらくして、ワシも普通にパパと会話するくらいの仲になった。
「あ、お疲れでーす。パパさん、そういえば、みとらさん……」
「ああ、うん。そうなんだよね」
この日、パパは悲しそうな顔していた。でも仕方ない。もう何年も妻として推してきた今川みとらさんが卒業してしまうのだ。
これまで、何人もの娘たちが卒業していくのを見守ってきたはずだ。しかし、正妻として推していたメイドさんの卒業は、それまでの比ではないだろう。特にみとらさんは比較的に長く勤めていた人だから、ワシとしても卒業するのが信じられない気持ちだった。
「でも、悔いのないようにするよ」
そう言ってパパは笑っていた。
今までも、パパは自らの家族であるメイドさんの卒業イベントには顔を出し、それぞれの推しの軍の人たちにも丁寧に挨拶してくれた。だからこそワシも、他の常連さんも、みとらさんとパパへの恩返しのつもりで卒業イベントに行こうと思っていた。
しかし、悲劇は起こる。
「パパが、来てない……?」
みとらさんの卒業イベント、そこにいるはずのパパの姿がない。近くの常連さんに話を聞けば、どうしても外せない身内の用事ができてしまい参加が叶わなかったという。常連たちはパパの気持ちを慮り、彼のことを妻であるみとらさんに伝えている。
「寂しいけど、これだけの人が卒業式に来てくれたしね」
みとらさんも悲しげだが、それ以上に常連たちが次々と来てくれる光景がある。みとらさん自身の人徳と、パパの厚い人望があってこそだ。これまで他のメイドさんのイベントに協力してくれていたパパへの感謝を含めて、全員がみとらさんの卒業を祝っていた。
そして戦国メイド喫茶の入り口には、パパが前々から用意していた豪華なスタンドフラワーがある。
「今川みとら、四年間お疲れさま&ありがとう!」
スタフラのボードには万感の思いを込めた言葉と、端に小さく「パパ」の名前がある。もっと目立つように書くこともできただろうが、その小さな名前こそが彼の器の大きさを示していた。