数十年ぶりに父と再会。心中は複雑だった……

阿川 玉青ちゃんは、生まれてすぐお父さまとは離れ離れになってしまったわけだけど、その後、一度も会おうとは思わなかったんですか。

有吉 会おうと思ったことはまったくなかったし、チャンスもありませんでした。

阿川 父親不在という喪失感みたいなものはなかったんですか。

有吉 母と祖母と3人暮らしでしたけれど、父親がいなくて寂しいと感じたことは全然なかったんですよね。母や祖母が父の話をすることはありませんでしたし、子どもながら、どこかで「会ってはいけない」という気持ちがありました。だから本当に父のことはノータッチでいた。でも、不思議なことに、情報がいろいろなところから集まってくるんですよね。たとえば私が幼稚園の頃は、まだ親権が父にあって、ハンカチに書いてある名前が「じんたまお」だったんです。

阿川 お父さまの姓だったんですね。

有吉 はい。小学校では、友達が「玉青ちゃんのお父さん、サーカス団員だったんでしょう?」なんて言ってきたりして(笑)。子どもだから情報は正確ではないんですけれど、そうやって知ったことが積もり積もっていって。だから自分では調べたことはないんですが、なんとなく父については知っていました。

阿川 お父さまに関する情報のピースが、少しずつ集まってくる感じね。でも、会うことになったのはどうして?

有吉 結婚が決まった頃に、伯父に「一度、会ってみないか」と言われて会うことになったんです。母は生前、私を父に会わせなかったので、父に会ったら母は怒るだろうかと考えたりもしたんですが、一回会って、『この人だ』とわかれば、もう会わなくてもいいくらいの感じで、会ってみることにしました。
 それでホテルのレストランの個室で、伯父夫婦と一緒に会ったのですが、そこに現れた父は、小説のようにダンディな雰囲気ではなくて、老人の風貌だったんです。母よりだいぶ年が上ですし、病気だったこともあって、「えーっ、この人がお父さん!?」って、ちょっとショックでした。

阿川 あら~。でも、その後も交流は続いたわけですね。

有吉 はい。最初はどんなふうに接していいか、わからなくて、ぎくしゃくしていたんですけれど、何度か会って話をするうちに、「おもしろい人だな」と思うようになりました。

阿川 大きな事業をされていた方だし、勝ち気なお母さまが大恋愛をされるくらいだからねえ。

有吉 「この人、何をやらかすんだろう」というような男性としての魅力がありましたし、ものの考え方とか切り口が独特で、自然と会話が弾んで、「あ、母もこの人だったら、好きだっただろう」と思ったんですね。その瞬間、すべてがもうどうでもよくなったというか。母は私が父に会うことを喜んでないかもしれない、と少し悩んでいたのですが、もういいやって。

阿川 それはお父さまが、とてもいい印象として体の中に入ってきたってことよね。

有吉 はい。父も母のことが大好きで、二人は惚れあって一緒になったんだなって確信したとたんに、全て受け入れられました。別れた理由も最初は知りたいと思っていたんですけれど、それももう聞きませんでした。私もそのとき、20代後半で、男と女、いろいろあるでしょうってこともわかっていたし。

阿川 結婚が決まって、自分が安心できる居場所をみつけていたから、父親を受け入れられたっていうこともあるんじゃないかなあ。これがまだ自分の核となる場所を見つけられず、不安定なままだったら、父親との再会もまた違っていたものになっていたような気がする。

有吉 ああ、そうですね。父と、私はいいときに会ったんですね。

阿川 それと小説では「父親に恋する」という感情が珠絵ちゃんの中に芽生えていきますけれど、実際もそういう感情が生まれたんですか。

有吉 残念ながら、そこはまったくのフィクションです。「父と娘は永遠の恋人」ってよく言いますよね。私は父と離れて暮らしていたから、そのあたりが理解できなくて、それってどういうことなのか知りたくて、この小説を書いたところがあります。阿川さんのところは……。

阿川 いやいや、父が恋人なんて、冗談じゃないって感じですよ(笑)。これを読みながら、羨ましくて仕方なかった。世の父親と娘は、互いに、こういう関係に憧れるところがあるだろうなという気がしましたね。父は娘が恋人のように慕ってくるのはうれしいだろうし、娘は娘で、銀座で一緒にお寿司を食べられるような素敵なお父さんは夢だろうし。私自身は、父親にやさしくされた経験がほとんどないから、欠落したものがあって、うちの父とは正反対の穏やかでやさしいお父さんを求めていましたね。

有吉 いえいえ阿川さん、絶対お父さまに愛されていましたよ。『強父論』の表紙の写真を見ればわかります。阿川さんを手のひらにのせて、可愛くて仕方がない感じ。

阿川 娘の前であんなにニコニコしている写真は、あの一枚ぐらいしかなかったから、表紙にしたんです!(笑)

有吉玉青×阿川佐和子 『ルコネサンス』刊行記念対談 「小説家を親に持つ二人――「書く」ことで見えてきたものとは?」_2