化け物たちの中で

 二〇一三年、唐さんが朝日賞を受賞したんです。受賞式では蜷川幸雄さんがスピーチする予定だった。でも蜷川さんが倒れちゃって義丹が代わりにスピーチした。

大鶴 前の年の五月に父が脳挫傷を負って、その回復がまだ十分じゃなかったのでサポートをするため、というのもあったんです。

 そのときの控室で、義丹が「金ちゃん、俺、テントやってみたい」と突然言うから、びっくりした。それでまず『ジャガーの眼』というのを一緒にやりました。義丹がテントに踏み込んでくれて、十年近くになります。今年は義丹のほうからの提案で『下谷万年町物語』を準備しています。
 僕が状況劇場に入ったのは一九七九年、唐さんという大きな謎を解くために彷徨い続けた八年間だった。その後、新宿梁山泊を旗揚げしてからも旅は続き、でも謎を解く扉すら見つからないからとにかく唐さんの初期作品を上演し続けた。そして、新宿の花園神社にテントを張ったころ、行く手に朧気だけど扉が見えた気がして、ようやく唐さんに自分から脚本を「書いてください」とお願いすることができた。それが二〇〇五年初演の『風のほこり』という作品です。これは唐さんのお母さんの話だよね。二十歳の文学少女「田口加代」(実名のまま)が自分の書いた脚本を浅草の劇団に売り込みに行く。唐さんは第二部『紙芝居 アメ横のドロップ売り』も、新宿梁山泊のために書き下ろしてくれた。そのとき、肉親を書くのって、相当なエネルギーがいるんだろうと思いました。

大鶴 肉親を書くのはこれで最後だと思います。最初で最後。

 李さん、喜んでるよ、昭和にこんなすばらしい女優がいたんだということが活字になって残った。百年後もまた語られる。僕は僕で、『少女仮面』をずっとやり続けたいんですよ。これは唐さんから李さんへのラブレターだと思っている。
 思い出すのは二〇一二年、さいたま芸術劇場の『下谷万年町物語』の稽古の帰り、思ったより早く終わったので、唐さんと二人で一緒に中華料理を食べたんですよ。そうしたら大きな餃子を手摑みで食べながら、李が引退するらしいが、「僕がまた李のために書いてあげたら、引退なんて考えないかもね」って少年のようなキラキラした目で言ったんだよ。その少しあとに会ったとき「金ちゃん、李にプレゼントする作品が思い浮かんだよ! 今、金町からスカイツリーを見上げながら妄想してるんだ!」って。ドキドキしたな……結局その後、唐さんが倒れて、新作が生まれることはかなわなかったけれど。
 ぶつかるときはすごかったよね。これは聞いた話だけど、夜ね、唐さんが黙ったままキュッキュッキュッキュッってこたつの脚を回してる。それで李さんの頭をパーン、とやって。でも李さんは微動だにしないんだって……。

大鶴 こたつの脚、回るからね(笑)。

 義丹の場合は親への反発がすごく強かったでしょうね。「僕はそっちには行かない」という。その反発が原動力になって二十代、三十代、他の世界で活躍したけど、四十代になって実際に舞台と小劇場に関わって、幼いときから見てきたことが自分の中で整理できたんじゃないかな。うちの〈紫テント〉で芝居に関わりながらお母さんの演技を見て、やっと客観的になれた。
 この小説には母親と息子の関係の長い道のり、すごい道のりが芝居を通して描かれている。フィクションかもしれないけれど、僕にとってはとてもリアリティーのあるフィクション。女優論としても読める。さきほど話した〝二面性〟というテーマを作中劇に入れていることもそう。幻影と対峙する実体のこと、よくぞ書いてくれました。女優って必ず葛藤がありますから。現実の女である自分と表現する自分。それを超越し、悟った人を大女優・星崎紀李子が演じてまとめている。母親をそう描いている。
 テンポもいいけど最後、切ないね。悲劇なんだけど、すごく温かい何かが残る。一年後に再演するとき、いなくなる人もいる。

大鶴 俳優は芝居から離れると、魔力が抜けるんですね。

 演出家は本当に演劇の神様にぬかずくような、修行僧のような気持ちになるんですよ。人間としての本能は本能でむくむくあるんだけど、恋愛となるとブレーキがかかっちゃうんですね。書かれているとおり。芝居取るか、恋愛取るか、でも、恋愛していいこと何もない、芝居中は。

大鶴 僕が小学校高学年ぐらいかな、うちは座内セックス禁止だからって不破万作さんが言ってたなあ。

 いや、新宿梁山泊も旗揚げ当時は、座内恋愛禁止、日常を持ち込むなと標語に書いてあった。恋愛というのはどこか逃げ場になっちゃうじゃない? 辛いときなんかに。それで駄目になった女優をいっぱい見ている。僕は奥さんと座内恋愛ですけど、十年以上ちゃんといたら、オーケー(笑)。
 状況劇場のころは、みんなどっかおかしかった。一年三百六十五日休みがないからバイトもできない。唐さんは芝居の構成の刺激になるから飲み会をしたい。夜飲んで、朝七時から小林薫の家に行って台本を書く。そして、飲み会の場にいなかった団員は「もう明日から来なくていい」と言われる。三百六十五日なんにもしないでも稽古場に行かなきゃいけない(笑)。そういう意味ではまさしく芝居漬け。
 僕はNHKの番組で唐さんを演じる中で義丹の辛さ、葛藤とかを垣間見ましたけど、今回小説を読んでまた、いかにがんばってその中から抜け出そう、人間性を取り戻そうとしていたかを知りました(笑)。あそこにいるのは普通の人間じゃない。怪獣、化け物たちだよね、ある意味。でも、そこにはやっぱり真実がある。この小説で、義丹は優しい目で見て全てをひも解いている。見事です。義丹はタレントもやったし、俳優もやったし、バラエティーや他にもいろいろやったけど、視点はぶれてないというのがうれしかった。

大鶴義丹×金守珍 『女優』刊行記念対談「女優という生きもの」_c