地元住民の逃走犯への本音
――高橋さんは、ふたたび獄中に戻った彼らと文通をおこない――本書に書かれた、その駆け引きがまたスリリングなのである――最終的に、手記を得ることに成功する。その週刊誌の記事を読んで、連載を提案したのが、スマートニュース傘下の超大型プロジェクトとして動き出していた調査報道サイトSlow News(現在、ピボット中)だった。Slow Newsから取材費のサポートを得た高橋さんは、山本や野宮が逃げ回った土地だけでなく、日本最強の脱獄囚と名高い白鳥由栄が収監されていた網走監獄まで足を延ばし、地元の人々の証言を集めることにした。
「現場に出て皆さんの話を聞き回るのは、緊張するし怖いですが、同時に楽しいという気持ちもあります。当時、現場で報道をしていたテレビ各局は、野宮が潜伏していた向島の様子を『姿の見えない凶悪犯に怯える純朴な住民たち』みたいな感じで、報道していました。だから、まさか野宮が〝人気者〟になっちゃってるなんて想像もつかないじゃないですか」
――本書には予想を裏切る「地元住民たちの言葉」が次々に登場し、めくるめくエピソードで読者を翻弄し続ける。
「信一くん、そんなん隠れとってもしゃあないから、出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました。もう実は誰か、おばあちゃんとかがご飯食べさせてるんじゃないん、って」
潜伏する〝凶悪犯〟に怯えているはずの離島の住民たちは、いったいどうして、そんな世間話をしていたのか。
<不思議なことに、話を聞かせてもらった住民は皆、野宮のことを「野宮くん」「信一くん」と呼び、親しみを隠さないのである>
読者の没入感は、困惑までありのままに綴る高橋さんの筆致によって、さらに加速していく。
#2へづつく
取材・文/山田傘