嫌だった自分を受け入れたことで前に進めた
ウルヴェ 憲剛さんと話をしてきて感じたのは、小さいころから大好きなサッカーを楽しんでいくために悩みながらも凄く工夫をしてきたんだなってこと。
中村 本当にコンプレックスのかたまりでしたから。背は低い、足はあんまり速くない、線は細い。そんな自分が嫌でしたけど、受け入れたことで前に進めましたね。
ウルヴェ 悩みを解決しようと(工夫を)やり続けたことで、道が拓かれていくっていうのは私も一緒かな。
中村 京さんの小さい頃はどうだったんですか?
ウルヴェ 小学生のときに小さなスイミングクラブで競泳をやっていたんですが、大会で大きなスイミングクラブの子と一緒にコースに並んだだけでビビってしまう子でした。大きなクラブの子はみんなとしゃべってリラックスしているのに、自分は急に体が震えてしまって。どうしてそんなことでって思われるかもしれないけど、私にとっては貴重な原体験でした。これじゃダメだって思えたから。
中村 シンクロに転向されて、のちのソウル五輪で銅メダルを獲得されます。
ウルヴェ 現役の頃、自分で笑っちゃうくらい、顔つきが悪かったんですよ。憲剛さんに当時の写真を送ってあげたい。だけど、それだけ苦しんでいたんですよね。何かうまくいかないことがあっても最初は思いっきり人のせいにして怒る自分がいるんだけど、よくよく考えると全然人のせいじゃないことがわかってきちゃう。そうすると人のせいにして逃げる自分にイラつくし、ちゃんとできない自分がイヤ。自信がないから、人に対しても鎧しかない状態でした。だから昔の自分には頑張ったね、偉かったねって言ってあげたい(笑)。憲剛さんは、そういった鎧がなさそう。
中村 そんなことないです。僕も尖っていたとき、ありましたよ。
ウルヴェ えっ? ちょっと意外かも。
中村 プロサッカー選手としてはそういったところがないと、たぶん生き抜いていけないんで。僕、メチャメチャ負けず嫌いだし、気が強い。現役時代に京さんと会っていたら、違う印象を持たれていたかもしれないです。
ウルヴェ それは私もそうかもしれません。(人に)なぜ負けちゃいけないのかよく分かっていないのに、絶対負けちゃいけないって思っていたから。今思うと、認めてもらいたかったってことなんだとも思います。
中村 勝負の世界に生きていると、自然とそうなる気はします。人に認められたいのもそうですし、自分で自分を認めたいところもあるじゃないですか。自分の期待に応えたいっていう思いが現役のころはありましたね。
ウルヴェ 自分で自分を認める、ね。私の場合は今になってようやく認められましたよ。「京ちゃん、偉かった」って(笑)。でもそのころの自分、ホント嫌いだったなあ。
心を預けるには信頼関係が必要
中村 京さんの言葉って、なぜだかスッと胸に入ってくるんですよね。
ウルヴェ わっ、嬉しい。
中村 自分はこういう人間で、こういう失敗をしたから、こんなふうに変わっていったということを、開けっ広げに全部話をしてくれる人は、なかなかいないんですよ。だから、経験に基づいた自分の言葉を持っているし、聞いていても納得できるし、何より信頼できる。メンタルコーチ、メンタルトレーナーの方っていろんなタイプの方がいるとは思うんですけど、僕の場合は、固めた理論武装だけをぶつけられると少し引いちゃうところがあるんですよね。
ウルヴェ 私も現役のころはメンタルトレーニングって苦手だったの。「京さんはこうしたほうがいい」って頭ごなしに決めつけられるのがたまらなく嫌で。
中村 でも、そんな京さんが、その仕事をやることになるというのがちょっと面白い。指導者時代になかなかうまくいかないという悩みもあって、アメリカの大学院でスポーツ心理学を勉強されるわけですよね。
ウルヴェ はい。体を壊してしまっていた時期。胃炎になるくらい頑張ってはいるのに、なにか違う気がするなとは思っていたんです。そしてアメリカにいってスポーツサイコロジストの方とのセッションで、気がついたら自分のこと全部喋っちゃっていたのね。それだけで随分と心が軽くなったし、考えもクリアになって、「明日からこうしよう、ああしよう」って仕分けができるようになった。それで何よりも自分のためにこの領域を勉強したいって思ったんです。
中村 自分が(研究における)一番の対象者っていうことですよね。京さんは最も手強いであろう自分自身にアドバイスしてきた。最強の顧客を納得させていくから、そりゃ凄くなるわけですよ。だからいろんな人の悩みにも共感できるんじゃないですかね。
ウルヴェ 私から言わせれば、こうやって分析できる憲剛さんこそ凄い(笑)。
中村 自分のことを隠さないで明け透けに言ってくれるし、その人に対する共感もあるからセッションで自分を預けることができると思うんです。人に心を開くってかなりの労力がいるので。
ウルヴェ アスリートは医者にしてもトレーナーにしても、信頼する人に体を預けるでしょ。それはメンタルトレーナーにおいても同じだと思うんです。心を預けるには確かに信頼関係が必要。憲剛さんみたいに、ちゃんと悩んで、解説する能力もいくつか種類を持って、自分の経験と照らし合わせながら、科学的根拠を基礎にしながらも、杓子定規じゃなく個人に合わせてオーダーメイドのアレンジができるような方がスポーツ心理学者の世界にも増えていくと、「私はこの人にメンタルトレーニングを頼んでみよう」というケースがどんどん出てくるのかもしれませんね。少しずつ日本でも確実に変わってきてはいますが諸外国のトップスポーツ現場における心理学、哲学のアプローチに比べるとまだまだ日本では科学的根拠と現場にギャップがあると思います。例えば、サッカーにおけるスポーツ心理学やメンタルトレーニングの文献は山ほどある。何故ならフィジカルトレーニングと同じように必要なものとして扱われているから。もうちょっと科学的根拠のあるメンタルトレーニングに目を向けてもいいのにとは思いますね。
中村 これからの時代、指導者がこういった知識を持っておくことも大事だなと感じます。京さんみたいに寄り添って聞いてもらえると、セッションを受ける人は全部さらけ出しちゃうんでしょうね。