「岡田監督・平田ヘッド」は今までは考えられない人事

現場では岡田が新監督の対抗馬だった平田勝男をヘッドコーチに入閣させた。今までであれば考えられない人事であるが、平田は権力への欲も見せず腹心としてよく岡田を支えた。

「最近読んだ本に“明るく権力欲のないナンバー2がいる組織は崩れない”と書いてあったんやけど、まさに平田ヘッドのことや。彼だからこそ、岡田さんを理解し、通訳しながら、みなをまとめることができた。そういったことも含め、風は変わりつつある。

タイガースに伝統的に蔓延っていた悪しき体質が変わるかもしれん。まぁ、それは翌年以降、どうなるかやな。これまでも優勝した年は『連覇や』『黄金時代の到来や』とさんざんっぱら騒いどったけど、一度としてそうなった試しがない。どうなるか、楽しみやね」

よい歴史も悪い歴史も内包して時代は繋がっていく。タイガースでは数年前から球団に所属したフロントや監督経験者、選手たちの証言を集めるアーカイブのプロジェクトをスタートさせており、内田はそのアドバイザーとして協力しているという。

「タイガースの監督は阪神電鉄が決める」の不文律がついに崩れた瞬間――“岡田監督&平田ヘッド”が「今までは考えられない人事」といわれる理由_3
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さて、この岸一郎とタイガースの物語も、そろそろ仕舞いが見えてきた。

ある日のこと。川藤幸三のYouTube「川藤部屋」を見ていると、甲子園歴史館に展示された歴代監督のパネルの前で、川藤と藤川球児が対談を行っていた。

これは藤川が「尊敬する村山実さんのことを知りたいので、せっかくなら村山さんの前で撮影をしたい」と、申し出たものだとか。川藤がうれしそうに目を細める。

「あの撮影の時に、球児が歴史館を観ながら言うたんや。『カワさん、これは今のウチの連中に見せるほうが先ですよ。これは知らなければならない』とな。

ワシが藤村富美男さんに言われたような、先人が作り上げてきたタイガースの本当の歴史というものを、今ワシが球児に伝えとるとな、あいつは感じ取ってくれている。『カワさんのあとはぼくに任せてください。ぼくは必ずタイガースの歴史をこの先の人たちに繋いでいきます』言うてな」

歴史とは受け継ぐ人が、何を感じ取れるかだ。先人たちがそこで懸命に生きた証を今の自分たちがどう受け取れるか。球史に残る大スターの豪快な生き様もあれば、名も知らぬ人たちにも壮絶な人生が転がっている。大切なのは知ろうとすること。そうすれば、いつだって虎の血の物語に会いに行ける。

「この人はなんですか……?」

藤川球児が、岸一郎のパネルに興味を示した。

「ええか、球児。この人はな……」


文/村瀬秀信

【3月18日(月)開催】
『虎の血』×『知将・岡田彰布』刊行記念
村瀬秀信さん×内田雅也さん トーク&サイン

「タイガースの監督は阪神電鉄が決める」の不文律がついに崩れた瞬間――“岡田監督&平田ヘッド”が「今までは考えられない人事」といわれる理由_4


24年3月18日(月)18:30〜(18:00開場)
大阪工業大学梅田キャンパスOIT梅田タワー2F セミナー室 202号室
※イベント受付は梅田本店で行います。
詳細はhttps://store.kinokuniya.co.jp/event/1707192766/

虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督
「タイガースの監督は阪神電鉄が決める」の不文律がついに崩れた瞬間――“岡田監督&平田ヘッド”が「今までは考えられない人事」といわれる理由_5
2024年2月5日
1,980円
四六判/320ページ
ISBN:978-4-08-790149-8
2023年に18年ぶりの優勝を果たし、沸き立つ阪神タイガース。
そのタイガースの歴史上、「最大のミステリー」とされる人物がいる。

第8代監督・岸一郎。

1955 (昭和30) 年シーズン、プロ野球経験ゼロの還暦を過ぎたおじいさんが、突然、タイガースの一軍監督に大抜擢されてしまったのだ。

「なんでやねん?」 「じいさん、あんた誰やねん?」
困惑するファンを尻目に、ニコニコ顔で就任会見に臨んだ岸一郎。
一説には、「私をタイガースの監督に使ってみませんか」と、手紙で独自のチーム改革案をオーナーに売り込んだともいわれる。

そんな老人監督を待ち構えていたのは、迷走しがちなフロント陣と、ミスタータイガース・藤村富美男に代表される歴戦の猛虎たち。メンツを潰された球団のレジェンド、前監督の松木謙治郎も怒りを隠さない。

不穏な空気がチームに充満するなかで始まったペナントレース。
素人のふるう采配と身勝手に振る舞う選手たちは互いに相容れず、開幕後、あっという間にタイガースは大混乱に陥っていく……。

ファンでも知る人は少なく、球史でも触れられることのないこの出来事が単なる“昭和の珍事”では終わらず、タイガースの悪しき伝統である“お家騒動体質”が始まったきっかけとされるのは、なぜなのか? そもそも岸一郎とは何者で、どこから現れ、どこへ消えていったのか?

満洲─大阪─敦賀。ゆかりの地に残された、わずかな痕跡。吉田義男、小山正明、広岡達朗ら当時を知る野球人たちの貴重な証言。
没年すら不詳という老人監督のルーツを辿り、行方を追うことで、日本野球の近代史と愛憎渦巻く阪神タイガースの特異な本質に迫る!
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