詰将棋解答選手権で見せた
驚異的な成長力

前述のように、藤井はふみもと子供将棋教室で、詰将棋をたくさん解いた。詰将棋の早解き競争をして、「頭が割れそう」と言ったのは幼稚園生の時だ。そうした訓練は研修会に入り、奨励会に入ってからも続いた。

今の藤井は、「自分の詰将棋の解答能力は12、13歳の頃がピークでした。最近は以前ほど詰将棋を解いていません」と言って笑う。12、13歳が詰将棋のピークと言うのは聞いたこともない話だが、逆に言えば藤井は5歳でふみもと子供将棋教室に通い始めてから7、8年の間は持続的に大量の詰将棋を解き続けてきたということになる。その才能は詰将棋解答選手権という舞台で花開いた。

詰将棋解答選手権は詰将棋作家の若島正氏が中心になって作られた詰将棋の解答の正確さと速さを競う競技会で、2004年から行われている。当初は詰将棋ファンや詰将棋の好きなプロ棋士が参加するマニアックで小規模な大会だったが、やがて最上級の「チャンピオン戦」のほかに、問題のレベルを落とした「一般戦」や「初級戦」が加えられ、参加者が大幅に増えた。

冒頭で書いたように、2010年の第7回詰将棋解答選手権の名古屋会場一般戦で7歳の藤井は全問正解で2位に入っている。この時も、「7歳の子どもが大人に交じって2位になった」ということで騒がれたが、その衝撃はどんどん増していったのである。

2011年の第8回詰将棋解答選手権。この時、小学校2年生・8歳の藤井は愛知県から大阪に遠征し、プロ棋士も多数参加するチャンピオン戦に初めて出場した。

結果は関西13位。13位では大したことがなさそうだが、プロの見方は違う。詰将棋解答選手権の開催に長く協力している浦野真彦八段に話を聞いた。

「第8回詰将棋解答選手権のひと月ほど前に、私は名古屋の東海研修会での指導対局で初めて藤井君に会いました。藤井聡太二冠のことを君付けで呼ぶのは失礼ですが、少年時代の話なので、藤井君と呼ばせてもらいます。その時、幹事の竹内さんから、『浦野先生、この子ね、最年少棋士になるって言ってるんですよ』とちっちゃな少年を紹介されました。対局は二枚落ちで終盤ぎりぎりの寄せ合いになって負かされました。

強いとは思いましたけど、私はそれ以前に少年時代の豊島さんを見ていますからね。同じ8歳の時、彼は藤井君よりはっきり強かったと思います。なので、インパクトとしてはそれ以上ではなかったですね。最年少棋士って言われても、普通は無理じゃないですか。加藤一二三先生の最年少記録が14歳10か月?8歳から14歳までって、そんなにないんですよ。だから、その時は現実的な目標とは思えませんでしたね」と浦野八段。

そのひと月後の3月27日。詰将棋解答選手権チャンピオン戦の大阪会場に藤井少年はまた現れた。浦野八段との再会である。

「当時、私は大会の実行委員をやっていたので、参加者の名簿も見ていました。8歳の藤井君が名古屋から来て、ホンマに来たんや、という感じでしたね。彼があまりにもちっちゃかったから、心配してこちらから声をかけたんですよ。『解けた?』とかね。あの日は谷川浩司九段も参加していて、短編が出題される第1ラウンドは藤井君の方が成績が上だったんですよ。谷川さんが本調子ではなかったんですが、それでもまさかという感じでした。

断っておきますが、当時の藤井君が谷川さんと同じ力を持っていたわけではありません。中編が出題される第2ラウンドになると藤井君は苦戦していて、最終成績は谷川さんが7位で藤井君は位。小学校2年生がチャンピオン戦に参加したことはびっくりですが、まだまだ谷川さんと互角に戦うという雰囲気ではありませんでした。

ただ、8歳の少年があの谷川浩司九段と一緒にチャンピオン戦に出て、半分くらい難問を解いた。研修会で将棋を指した時とは全く違う衝撃を受けたことは事実です」と浦野八段。谷川九段と言えば、21歳で名人になった将棋界のスーパースターだ。終盤の名手であり、ハイレベルで芸術的な詰将棋を数多く創作している。その谷川九段と並んで8歳の少年が同じ問題に取り組んだのである。

浦野八段はさらに言う。

「負けると号泣に近い勢いで泣く」天才・藤井聡太の幼年時代…先輩の悪手に「なんでそこに指したんだ!」と大声を上げたことも_4
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「それからは、東海研修会や解答選手権、詰将棋の全国大会などで彼の姿を見かけることが多くなりました。2012年3月の第9回詰将棋解答選手権チャンピオン戦大阪会場では彼のお母さんと話して、『やる気だけはスゴいみたいで』というようなことを聞きました。

この時は34位でしたね。当時の写真を見ると、表情がすごい。この年の4月、藤井君は名古屋で行われた一般戦にも参加して全国2位になっている。マニアに交じって2位だからこれもすごい。その年の7月に大阪で行われた関西こども将棋大会にも彼は参加していました。

私はプライベートで詰将棋関係の書籍などを販売していましたが、朝一番のお客さんが藤井少年。買いに来たのは発売されたばかりの『この詰将棋がすごい!2012年度版』でした。彼は2500円持ってきたんですが、定価は3500円。

『ごめんな、これ3500円やねん』そう言うと彼は、えっ、という顔になって、すぐにお母さんのところへ飛んで行き、そのあと無事手に入れた本を彼は開会式が始まるまで読んでいました。この時は西日本最大規模のこども大会で、一番上のクラスは中学生も参加しているんです。そこで堂々と優勝。最初に会った時からの成長を感じました」


モノクロ写真・棋譜/書籍『【増補改訂版】藤井聡太の軌跡 愛知の少年はいかにして八冠になったか (マイナビ新書)』より
カラー写真/shutterstock

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【増補改訂版】藤井聡太の軌跡 愛知の少年はいかにして八冠になったか (マイナビ新書) 
鈴木宏彦
「負けると号泣に近い勢いで泣く」天才・藤井聡太の幼年時代…先輩の悪手に「なんでそこに指したんだ!」と大声を上げたことも_5
2023/11/24
1188円
216ページ
ISBN:978-4839984397
藤井聡太、八冠までの軌跡を加筆

本書は2021年5月発売された『藤井聡太の軌跡 ~400年に1人の天才はいかにして生まれたか~』に加筆したものです。

『藤井聡太の軌跡 ~400年に1人の天才はいかにして生まれたか~』は棋聖、王位の二冠を獲得したところで終わっていましたが、藤井聡太竜王・名人はそれからも快進撃を続け、ついに前人未到の八冠制覇を成し遂げました。本書では三冠獲得~八冠制覇までの物語を追記しています。

著者の鈴木宏彦氏は藤井竜王・名人と同じ愛知県出身でメディアで注目される前から交流のあった観戦記者です。

書籍中では鈴木氏のみが知っているエピソードや秘蔵写真を公開しています。岡崎将棋まつりでの伝説の佐々木勇気戦や、小学生時代の詰将棋解答選手権の奮闘などの秘話の数々を紹介しています。

さらに藤井竜王・名人の運命を変えた「ふみもとこども将棋教室」に対して綿密な取材を行い、少年・藤井聡太がどうやって成長していったのか、どのような才能があり、それをどう伸ばしていったのかが克明に記されています。

本書は藤井聡太八冠を語る上で必ず参照されるバイブルになることでしょう。
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