少しでもリスクがあれば語らない、判断しない政治家

――それは、なぜでしょうか。

詳しくは『奔流』を読んでいただきたいのですが、ひとつには、未知のウイルスのリスクがあまりに不透明で、下手をすると政治家は批判を受け、支持率下落に直結することを恐れていたこと。もうひとつは、首相のリーダーシップを履き違えていたことです。

官邸には今、あらゆる政策課題の起動ボタンが集まっています。その優先順位を差配する首相には、官僚組織や人々に対してどうしてそういう選択をしたのか、「語りかける力」が求められると思うんですよね。

誰かに代わってもらうことはできない役目なのに、3人の首相はそれぞれ大事なところで、平時と同じように、失言リスクがあれば語らない、判断しないという行動パターンをとりました。

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広野真嗣氏

――具体的な場面としては?

象徴的な局面を挙げれば、変異株の急速な広がりと五輪開催が重なり、政府と専門家の対立が際立った2021年5月以降の第5波の時のことです。

「緊急事態宣言の下でオリンピックをやるのは、ふつうはない」という尾身氏の国会での発言の一部のインパクトが強くて多くの人が誤解しているのですが、専門家たちは五輪の開催そのものに反対はしていませんでした。

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――私も誤解していたひとりでした。

首相の菅氏が五輪開催への強い意欲を持っている一方、従来よりも感染力が強い変異株による流行が兆している。だから「なぜ五輪をやるのか」「どんなリスクがあるのか」を首相自らが語ってほしいと意見具申していたのです。戒厳令のような強い私権制限のできない日本では、国民に自発的に協力してもらうしかないからです。

その上で、感染をできるだけ下火にするにはどうしたらいいか、「リスク評価をさせてほしい」と訴えているのに、菅氏は、主催者は国際オリンピック委員会(IOC)であることを強調するばかり。「やると決めました」という大方針を自らの言葉で語ることもなかった。

―― 一言でも「リスク」を口にしてしまうと、野党やメディアに攻め込まれる。そればかりを気にして。

感染状況がどんどん変わる中で、首相も国民の不安の変化に寄り添った語りをしないほうがリスクでしょう。平時とは違う構えをとって、間違いがあったら、その都度修正すればいいのに。