技術的失業は
労働移動によって解決されてきた

これまで私は、「AIは失業をもたらすのではなく、生産性を向上させるものだ」と主張する記事をいくつも目にしてきました。この主張もまた、ミスリーディングにあたるでしょう。なぜなら、生産性向上と技術的失業は、ある局面では裏表の関係にあるからです。

新しい技術の導入によって、1人で3人分の仕事ができるように人間の能力が「拡張」されれば、3人のうちの残る2人は必要なくなり、解雇される可能性があります。この点は、先ほど述べたように「拡張」でも「代替」でもさほど変わりありません。そして、実際に雇用が減少するかどうかは、需要の動向に依存します。

生産性が高まったために商品の価格が低下して、それによって需要が十分増えれば雇用は減少せず、増大することもあります。要するに、値段が安くなったのでたくさん商品が売れて、それにより仕事が増えるという状況です。

たとえば、産業革命期に織機の導入によって綿製品が大量生産できるようになり、安くなりました。それによってたくさん売れるようになり、当時のイギリスの人々が綿のパンツを穿くという新しい習慣ができるに至ったほどです。そして、手織工の減った分を補ってあまりあるほどに工場労働者の雇用は増大しました(ただし、職を失った手織工の人たちがすぐに工場労働者になれたわけではなく、長らく失業状態におかれたことには注意すべきでしょう)。

それに対し、価格が安くなってもさほど需要が増大しなければ、生産性の向上によって人手がいらなくなり、雇用は減少します。産業革命期に比べて、今では綿製品の製造に携わる労働者は激減しているでしょう。もはや、生産性が上昇して綿の洋服が安くなっても、それほど購入量を増やさないからです。この場合、生産性が上昇すればするほど雇用は減少していきます。

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生産性が上昇したときに、需要が増大するかどうかは、商品の普及度合いによって決定されることが多いです。図2-2は、横軸に経過年数をとり、縦軸に普及率をとっています。このような曲線を「ロジスティック曲線」と言います。多くの商品やサービスに関する需要は、ロジスティック曲線を描くことが知られています。

すなわち、多くの商品は普及が開始した当初は需要が増大します。需要が増大すれば、雇用が増大する可能性があります。しかし、やがて需要は飽和点に近くなり、増大の伸びが鈍くなります。これ以降は、生産性が上昇してもその分雇用は減少するばかりです。

重要なのは、多くの商品が需要の飽和点を抱えているということです。どんなに価格が安いからといって、綿のパンツを100着以上持っている人はあまりいないはずです。米を1日4合も5合も食べる人は少ないですし、洗濯機を2台、3台と複数購入する人はごく限られているでしょう。

仮に、洗濯機の需要が飽和してもなお生産性が上昇し続けるならば、洗濯機の製造に携わる人の何人かは、ほかの仕事に移る必要があります。同じ会社の他部署に移ることもあれば、解雇されて別の会社や業種に移ることもあるでしょう。

このような異動や転職を「労働移動」と言います。新しい技術は度々失業をもたらしてきましたが、そのような技術的失業が長期化・深刻化することが少なかったのは、労働移動によって解決されてきたからです。この事実は、これまで経済学者が見過ごしがちな点でした。経済学の教科書では、技術的失業も労働移動もほとんど説明されていません。

経済発展を通じて起こる労働移動というダイナミズムに、改めて注目する必要があるでしょう。大きなくくりで見ると、まず農業の生産性が向上したことで、工業への労働移動が起こりました。その後、工業の生産性が向上し、サービス業への労働移動が発生しました。

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図2-3のように、第一次産業(農林水産業など)の就業者数は長期的に減少しており、第二次産業(工業や建設業など)も1992年に減少に転じました。これらの産業では、生産性が向上したからこそ雇用が減少してきたという点に注意すべきです。現在の日本で就業者数が増えているのは、生産性が向上しにくい第三次産業(サービス業など)のみです。