女子選手で群を抜くフィジカルの強さ
2022年2月、北京五輪のマスコット「ビンドゥンドゥン」を手にして、口角を上げ、目を細める坂本花織(22歳、シスメックス)の写真が、ウェブやスポーツ紙面を占拠した。
「(順位決定後も)3位って認識できないほど、とにかくびっくりしすぎて。うれしい以外、言葉が出てこない」
坂本は御利益がありそうなほど満面の笑みで、そう振り返った。女子シングル、世界を席巻していた最強ロシア勢の一角を崩し、下馬評を覆して表彰台に立っている。浅田真央以来、12年ぶりのメダルだ。
トリプルアクセルも、4回転ジャンプも跳ばない坂本が、なぜメダルを取ることができたのか? その理由に迫ることで、坂本というフィギュアスケーターの肖像が見えるはずだ――。
坂本はどんなスポーツをしていても、ひとかどの選手になっていたかもしれない。単純に強力でしなやかな脚力、人並外れたボディバランス、広背筋を中心にした上半身の力、そして卓越した持久力。どれもフィギュア女子の中では群を抜いている。
そして基礎的なフィジカル面だけでなく、メンタル面でも強い胆力に恵まれていた。
「変かもしれないですけど」
坂本はそう前置きをし、自身のルーツを語っている。
「ちっちゃい頃って、リンクで何かやったら最初は絶対にこけるじゃないですか?でも、こけるのがなんでか楽しくて!だから新しいジャンプとか練習し始めて、いっぱいこけても全然怖がらずにやってこられたんです。滑る楽しさの前にこける楽しさがあって(笑)。立っている時間の方が短いんやないかなってくらい、マジでこけまくっていました。こけなくなった時が、体で感覚を掴めた証拠で」
幼い子にとって、転ぶ、というのは強烈な怖さがある。転ぶたび、たいていは”転びたくない”とブレーキがかかる。しかし坂本の好奇心や欲求はそれ以上で、あるはずのリミッターが外れていた。
同時に、転ぶ中で技を習得できるだけの身体能力にも恵まれていた。つまり、たとえ痛そうに転んでいるように見えても、持ち前の反射神経やバランスの良さでダメージを最小限にできていたのだろう。それによって、繰り返しトライすることができた。心身のバランスが揃っていたことで、技が身についたのだ。