若手を育成する力の低下
筆者は、若手の能力や期待に対して仕事の負荷が著しく低い職場を「ゆるい職場」と呼称している。そして、職場環境が大きく変わったあとにおける若手の職業生活における不安の高まりを「キャリア不安」と呼んでいる。その背景にあるのは、終身雇用、終身一社という幻想がなくなったあとの労働社会でどう生きるのかという問いだ。昔の、といっても10年ほど前までの日本においては、会社、とくに大きな会社に入れば職業人生の安心・安全を会社がある程度保証してくれるという認識が一般的だったように思う。
しかし、現代の大手企業に入社する新入社員のうち、その会社に定年まで勤めるイメージがあるのはじつに20%程度にすぎないという調査もある。「自分もいつかは転職するのだ」という気持ちのなかで、「この仕事を続けて本当に大丈夫なのか?」と感じることが、キャリア不安の根っこにある。
実際に若手社員から、「居心地は良いが、このままだと社外で通用する人間になるために何年かかるのかと焦る。何か自分で始めたりしないと、まわりと差がつくばかりなのではないか、このままではまずいと感じている」と、これに類する声を本当によく聞くのだ。こうした若者のキャリアへの焦燥感を、経営や人事に携わる上の世代がどの程度つかめているだろうか。
なお、この観点から分析すると、職場に対するキャリア不安が短期的な離職意向につながっていることが見えてくる。職場のことを「ゆるいと感じる」か「ゆるいと感じない」か別で、離職意向(すぐにでも退職+2〜3年で)を確認したところ、U字カーブ状の構造になっていた(図2)。高かったのは「ゆるいと感じない」という“きつい職場”にいる者と、その反対の状況にある者、つまり「ゆるいと感じる」という“ゆるい職場”にいる者であった。つまり、「職場がきつくて辞めたい」という若手はもちろんいまも存在しているが、同時に「職場がゆるくて辞めたい」という若手も存在しているという現状が見えてくる。
こうした状況を裏打ちするように、大手企業の育成機会が縮小されている動向も示唆されている。たとえば、業務から離れた知識や経験習得の機会であるOff-JT機会が減少している(表1)。「機会がなかった」は2015年調査の30.8%から2022年調査の41.3%へ増加、「機会はあったが、受けなかった」と合わせて、Off-JT機会を得られなかった若手は、39.7%から48.1%へと約半数に上った。
さらに、時間数についても減退傾向は明らかで「1年間に合計で50時間以上」は22.7%から11.4%へと半減していた。結果として、年間平均のOff-JT時間は21.5時間から13.7時間へと減少した。これは2015年と比べてじつに36%減である。
職場での実践を通じて業務知識を身につけるOJTについても同様だ。その機会がまったくなかったと回答した若手の割合は2015年調査の14.6%に対して、2022年調査では20.1%へと増加している。また、質の面でも、育成を主目的とした計画的OJTから、業務の傍らで行なわれる“ながらOJT”や“放置型”へと変質している様子も見られる。働き方改革以降の管理職層の多忙さは指摘されているとおり、もはや職場のなかで育成するような余裕はないのかもしれない。ただ、新入社員期は学生から社会人への移行期、また職業生活の最初期の段階にあり、組織適応に加え基本的な職業能力を付与する必要のある時期である。こうした時期の育成機会が大手企業においても2015年以降減少した状況を、まず押さえる必要がある。