出家後も、誰より人間臭く生きたと思う

「達観なんか、全然していなかった」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【前編】_4

――劇中では、死について言及する場面も多く、「ボケた」と悲嘆して子供のように泣きじゃくる寂聴さんの姿が印象的でした。

2020年あたりから、人生の終末について話すことが多くなっていきました。根を詰めて仕事をしていた人なので、書きたいものがあっても体力がもたなくなっていることをシビアに感じていたんだと思います。

とはいえ、17年の間には何度も「これが最後の正月」という話をされていましたし、ずいぶん騙されてもきたんです(笑)。2006年頃から「生き飽きた」という言葉はたくさん聞いてきましたから。「飽きたというのは希望がないということですか?」と聞くと、「飽きることと絶望は違うのよ」と笑っていました。つまり、常にどこか希望を持っていたし、最後の最後までギブアップしなかったように思います。

2021年の10月下旬に入院して一時、危篤状態になり、11月4〜5日に本当に近しい方が病院に呼ばれました。僕も呼んでいただき、先生の耳元で「退院したらシャンパン飲みましょうね」と言ったら、頷いていました。そのときに僕が不思議と悲観しなかったのは、ろうそくの火が消えかかっている感じがまったくしなかったから。むしろ松明が燃えているくらいの印象を受けたんです。もしかしたら元気になるかもしれないと思いましたが、9日に「今息を引き取りました」というスタッフの方からのメールを受け取りました。

実はそのときから今まで、僕は一度も涙を流していません。葬儀にも呼んでいただきましたが、亡骸を見たら亡くなったことを認めることになる気がして、お顔を一度も見ませんでした。映画の編集をしているときは、元気な先生の姿をずっと見ていましたからね。実感がないのがずっと継続している感じです。

「達観なんか、全然していなかった」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【前編】_5

――法話では「亡くなっても魂は愛している人のそばにいます」と、寂聴さんが相談者の方を慰める場面がありましたが、その感覚でしょうか?

先生から連絡が来ることはなくなったけど、まだどこかにいる感じがしますね。ただ、先生自身は「やっぱり死んだら無だと思う」って言うこともあったんです。そして次の日には「死んだ後に亡くなった人の行列についていくと、知り合いに会って“元気?”なんて言い合う感じがする」とおっしゃったり。亡くなる日が近づくにつれて、気持ちの揺れ幅が大きくなっているような気がしました。

僧侶の中では位の高い方ですが、基本的にはみなさんと同じところに立ってものを言っていたし、気持ちも揺れたり、ブレたりするところがすごく先生らしかった。全然、達観してなかったですよ。煩悩ともずっと向き合い続けた人ですからね。出家してからも、人間臭く生きていたと思います。

「達観なんか、全然していなかった」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【前編】_6

『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』(2022)上映時間:1時間35分/日本
配給:KADOKAWA
5月27日(金)より全国公開
©2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会
公式サイト
https://movies.kadokawa.co.jp/jakuchomovie/

取材・文/松山梢