応援に専念する部員たち
海外から見た「日本の部活動」のもう1つの異常性は、応援に専念する部員たちの存在です。そもそも、学校に部活動というものがなく、学外のクラブチームなどに所属してスポーツをする国もあるため、感覚が異なるのは当然の部分もあれど、それにしても「(試合に出られないのに)応援に専念する」部員は、異様に見られることが多いといいます。

野球やサッカーの強豪校では、部員が200人、300人といった規模になりますが、試合に出られるのは10名前後、ベンチに入れるのは20名強です。それ以外の大多数の部員は、応援席で、プレーする仲間を鼓舞するために応援に専念します。
共に練習に励み、切磋琢磨してきた仲間のために、自分はプレーできなくても応援する。その献身性や仲間意識は、美徳として広まっているといえるでしょう。しかし、それは日本の当たり前ではあっても、文化の異なる海外から見ると異常に見えるということです。
「選手ではなく、サポーター(応援団)か?」「なんで自分がプレーできなくて悔しいのに、応援しているんだ?」と純粋な疑問を持たれるそうです。海外では、応援することは素晴らしいが、それでも、「我慢して応援すること」が、「自分でプレーすること」を超えることはないのが当たり前だからです。