紀元前から知られた狂犬病
狂犬病は、狂犬病ウイルスが引き起こす人畜共通感染症である。人間を含むすべての哺乳類が狂犬病に感染しうるが、人から人に感染することはない。またワクチン接種によって予防が可能だ。
感染から発症までの潜伏期間は1~2カ月と長いのが特徴である。ひとたび発症すると治療法はなく、ほぼ100パーセント助からない。一方、狂犬病の蔓延地域でイヌやネコなどの野生動物に咬まれ、狂犬病に感染した可能性がある場合は、発症を予防するためにワクチン接種を受けなければならない。これを暴露後ワクチン接種という。
日本から一歩外に出れば、狂犬病は日常的な病気である。海外での動物咬傷のリスクを知っていることが何より大切だ。
狂犬病はさまざまな症状を引き起こす。発熱や頭痛、食欲不振、嘔吐などの感冒症状から始まり、興奮、錯乱状態になって幻覚が現れ、攻撃的になる。最終的には昏睡状態となり、呼吸停止に至って死亡する。
狂犬病の特徴的な症状に、「恐水症状」がある。その名の通り、「水を恐れる」というものだ。狂犬病ウイルスは神経に侵入し、その機能を侵す。水を飲もうとすると、神経が過敏になっているために喉の筋肉が痙攣し、患者が水を飲むことに過剰な恐怖を抱くのである。
こうした過敏反応は風が吹くだけでも起こり、これを「恐風症状」という。症状に対する恐怖が、こうした特異な現象につながるのである。
狂犬病は紀元前から知られた病気で、古代バビロニアのハンムラビ法典にも狂犬病に関する記載があるという(5)。また1世紀の古代ローマの医学書『医学論』で、この病気は「恐水病(hydrophobia)」と命名されている(6)。はるか昔から、この恐ろしい症状は知られていたのだ。
だが何千年もの間、病気の実態は知られず、予防法もないままだった。狂犬病ワクチンが開発されたのは19世紀になってからだ。その最大の功労者は、フランスの化学者ルイ・パストゥールである。