妻から頼まれたことを覚えていない

その一方、家庭においては、妻と衝突することがしばしばだった。

妻によれば結婚した当初から家事や育児にほとんど協力せず、子供が病気のときもすべて妻任せだった。また最近では記憶力の低下がみられ、妻から頼まれたことをきちんと覚えていないことがよくみられるという。

本人は、妻の話がまとまらないことが多いので、集中して聞くことができずについ聞き流してしまうと釈明した。妻の話はすぐ30分以上になるので、とても全部は聞いていられない、また妻との会話で覚えていない部分があると繰り返し何度も叱責される、というのだった。

茂木さんの場合、元来は優秀な能力を持っているが、同時にADHDによる一定の不注意症状と衝動性があり、これらが仕事のパフォーマンスを幾分低くしていた可能性があった。それでも能力が高かったため、会社の業務は標準以上にこなせていたと思われる。

一方で家庭においては、茂木さんのよくない特徴がはっきりと出てしまっていた。

家庭をないがしろにするのは、日本の男性にありがちな現象だが、茂木さんの場合には、ADHDの特性も加わって家庭で妻の話にほとんど耳を貸さなかった。

妻の話を聞いてはいても、その内容は素通りし定着することがなかったのである。数十年にもわたってこういう状態が続いたため、妻の不満が高じて受診につながったのであった。

発達障害外来を受診する患者に多い高学歴…「妻から頼まれたことを覚えられない」全国規模の食品会社で管理職にある男性の苦悩_3
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茂木さんは小児期から現在に至るまで対人関係はほぼ良好であり、妻が主張するアスペルガー症候群という診断は否定的であった。

一方で、不注意と衝動性は継続してみられ、ADHDの診断にあてはまっていた。

茂木さんに対して、ADHDの特性を説明するとともに、妻の話を誠意を持って傾聴し、思いつきで中途で反論したりコメントしたりしないように提案した。

茂木さんは彼なりの努力はしたようであったが、妻にとっては満足のいくものではなかったようで、夫婦間の問題はその後も完全には解決していない。

実は、このようなパターンの夫婦の問題は少なからずみられている。

長年ないがしろに扱われた妻が「反乱」を起こし、発達障害を名目に夫を精神科に受診させるというものである。

夫に発達障害の診断のつくこともつかないこともあるが、夫婦の関係が安定するにはかなりの時間が必要であることが多い。

男性側には自らの不注意を自覚するとともに、パートナーに配慮する気持ちを持つことが重要となる。


文/岩波 明 写真/shutterstock

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「外来を受診する成人期の発達障害には、うつ病など従来の精神疾患で通院する人とは異なる点が多い。何よりもまず彼らは普通の人たちで、一般の社会人だということである。
受診する大部分の人はフルタイムか、それに近い仕事をしていることが多い。休職したり職がない状態であったとしても、仕事への意欲は十分に持っているケースがほとんどである」(岩波氏)。
近年、「ギフテッド」(平均をはるかに超える知的能力を持つ人)が称揚されるなかで、天才とADHD(注意欠如多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)を結びつける傾向が強い。だが一方で上記のように、精神科を受診する発達障害の成人の多くは、働く社会人である。
彼ら、彼女らは幼いころから積み重なった「周囲となじめない」負の記憶や、職場で浮いてしまうという悩み、問題行動による解雇などに苦しみ、自らの人生を何とかしたいと考えている。
はたして、発達障害の特性にマッチした職場環境は得られるのか。薬物療法には効果があるのか。就労支援の制度や社会復帰のトレーニングをどう活用すればよいのか。
「発達障害の人は働けない」という誤解を正し、本人・周囲にとって最適な就労への道を専門医が示す。

第1章 止まらない仕事のミスと対人関係の問題
第2章 ADHDをめぐる誤解――職場でどう接するか
第3章 ASD(自閉症スペクトラム障害)をめぐって
第4章 仕事とNeurodiversity
第5章 ADHDは治せる
第6章 ASDを治す 
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