「みんなと同じ」現象の蔓延
このように目に見えた形で、人とうまくつながれず、自分の世界に引きこもるというのも、疎外感の精神病理の代表的なものですが、表面的なつながりしか持てないという病理もあります。
『モラトリアム人間の時代』というベストセラーを出し、精神分析の立場から日本人の精神病理に洞察を加え続けてきた精神分析学者の小此木啓吾氏は、1980年に発行した『シゾイド人間│内なる母子関係をさぐる』(朝日出版社)という著書の中で、「同調的ひきこもり」という概念を提唱しました。
小此木氏によると、現代型のシゾイド(分裂気質)というのは、孤立したり、引きこもったりするのではなく、むしろかかわりを避けるために「表面的には相手と調子を合わせ、にせものの親しみを示したり、社交性を出してとりつくろう。しかし、それはほんとうの情緒的かかわりではない」(同書208ページ)ということです。
彼らは情緒的なかかわりあいを避けるために、周囲に同調をしているのか、それとも上手に人と情緒的にかかわれないけれど、疎外感が怖いために表面的に調子を合わせているのか、実際には、どちらのタイプもいるのでしょうが、表面的な同調が日本人に強まっているのは確かに思えます。
日本では同調圧力が問題にされることが多いですが、この手の心理が働いている人は、圧力がなくても周囲に合わせてしまうという特徴があります。
私自身、精神科医になってから日本人の「みんなと同じ」現象に長年注目してきました。
おそらくピンク・レディーがブームになった1970年代後半からだと見ていますが、それまでは「御三家」の誰かのファンというような形で、クラスが派閥のようなものに分かれ、人と多少ぶつかっても自分の趣向を明らかにしていたのが、クラス全体が同じアイドルやゲーム、アニメのファンでまとまってしまうという現象が始まります。
たとえば、1980年代にはシングルレコード、CDのミリオンセラーは10年間で12曲しかありませんでした。当時のミリオンセラーの多くはすべての年代の人が歌うような曲で、演歌などが何年かかけてというパターンも少なくありませんでした。
それが90年代になると、91年には7曲が、それ以降は毎年10曲以上がミリオンセラーになり、95年には28曲がミリオンセラーになっています。そして、ほとんどが若者向けの曲なので、その世代の若者の1割近くが買うなどという曲が珍しくありませんでした。
当時、ある曲が売れればそれが止まらなくなってみんなが歌う、ある曲が売れているときにはそれに集中するというような現象が次々と起こりました。
これは今もって変わらない気がします。それどころか、巨大ブーム、メガヒット現象はさらに拡大しているように思うのです。
別に強い同調圧力がないのに、若者たちが次々と同調し、「みんなと同じ」になっていくのです。
もちろん、これは音楽の世界だけでなく、コミックスの世界でも、ゲームの世界でも起こったことでした。
音楽の購入手段がCDから配信が主流となっていき、CDが昔ほど売れない時代になっていくわけですが、それでもAKB48のように出せばミリオンセラーというひとり勝ちグループは生まれました。
そして、ゲームの世界やコミックスの世界では、記録を塗り替えるような何百万単位の人が購入する現象が続いています。
どちらかというと購買者の年齢層が高く、自分を持っている人が多いため、ブームやメガヒット現象が起きにくいと考えられる書籍の世界でも、2003年に刊行された養老孟司氏の『バカの壁』(新潮新書)が400万部を超えるメガヒットになりました。
このメガヒット時代の背景には、「同調的ひきこもり」とか、疎外感恐怖があるように精神科医の私には思えてなりません。
文/和田秀樹 写真/shutterstock
#2『思春期より独居高齢者のほうが引きこもりが多い…地獄すぎる日本の老後「介護自殺は年間200~300件、殺人事件の5%が介護関連」どうてしこうなった』はこちらから
#3『日本で一番多い心の病「依存症」。人口の推計10%がスマホ依存症の日本は「実は依存症大国」だった』はこちらから