リンゲルマン効果と呼ばれる心理学的なブレーキが働く可能性がある

ここで、自分が介護離職をしたとしても、金銭面で、兄弟姉妹や親族などの協力を得れば、総じて負担が減らせると考える人もいるかもしれません。

しかし介護離職をした後も、現在は得られている協力が、引き続き同じように得られるとは限りません。ここには、リンゲルマン効果と呼ばれる心理学的なブレーキが働く可能性があるからです。この心理学的なブレーキについて、少し詳しく考えてみます。

このリンゲルマン効果が知られるきっかけとなったのは、リンゲルマン(Ringelmann,M)自身による報告ではなく、ドイツ人のメーデ(Moede,W)の論文(1927年)中で「興味深い研究」として掲載されたことがきっかけでした。

リンゲルマンは、1人、2人、3人、そして8人という4つの集団(被験者)を作り、それぞれに綱引きをさせて、そのときの引っ張る力を測定したそうです。結果としては、1人の場合で63kg、2人の場合で118kg、3人の場合で160kg、そして8人の場合で248kgとなりました。

当然のことながら、集団を構成する人数が増えれば、綱引きの力は上がりました。ただ、全員が綱を必死に引けば、2人の場合では、1人で綱を引いたときの2倍、3人で3倍、8人では8倍となるはずです。

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しかし、この結果を分析してみると、1人で引いたときの力を100%(63kg)としたとき、2人ではそれぞれが93%(118÷2=59kg)、3人では85%(160÷3=53kg)、そして8人ではなんと49%(248÷8=31kg)になっていたのです。

特定の目標を共有する集団のサイズは、それが大きくなるにつれて、集団の構成員1人あたりの能力発揮が劇的に低下するということです。これは、非常にショッキングな事実であっただけでなく、なんとなく誰もが知っていたことでもありました。そのため、この事実はリンゲルマン効果(リンゲルマン現象)として世界的に有名になったというわけです。

当然ですが、介護の現場においても、このリンゲルマン効果を観察することが可能です。むしろ介護は、多くの人が本音では「関わりたくない」と考えていることです。ですから、介護の現場におけるリンゲルマン効果は、当たり前に見られる現象なのです。

兄弟姉妹や親族の多い家族において、誰が親の介護をするのかという話は、トラブルになりやすいテーマです。このテーマでは、だいたいにおいて、特定の1人が(主たる介護者として)多くの介護負担を引き受けてしまいます。他の兄弟姉妹や親族は「自分も介護に貢献する」と口では主張したとしても、そこにリンゲルマン効果が起こりやすいことは明らかです。

介護の負担を兄弟姉妹や親族と分け合うということは、ある意味で、1つのケーキをどのように分けるかに似ています。あなたが仕事を辞め、大きな負担を引き受けるということは、他の兄弟姉妹や親族は、より少ない負担で間に合うということでもあります。

ですから、自分が介護を理由として仕事を辞めた後は、現在はなんとか介護に協力してくれている兄弟姉妹や親族が、実質的には介護から身を引いていくという可能性も想定しておかないとなりません。

文/酒井穣 写真/shutterstock

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