ホンダはプライドを捨て、外部からマネージャーを迎えられるか

クラッチローが上で指摘しているとおり、現在のMotoGPの世界では「ヨーロッパ勢のやりかたのほうがうまくいっている」ことはおそらく間違いない。だからこそ、ドゥカティだけではなくKTMとアプリリアもここ数年で戦闘力を一気に向上させ、ホンダとヤマハはともに彼らの後塵を拝する結果になっている。だからといって、これもまたクラッチローが指摘しているとおり、技術面で先行者の真似と追随ばかりしている状態だと、〈アキレスと亀のパラドックス〉のように、俊足のアキレスがたとえ少し追いついたとしても亀はさらに先に進んでいるため、いつまで経っても先行者と肩を並べることはできない。

要するに、現在成功している欧州的発想や手法を大胆に取り入れながら、ホンダとヤマハが長年育んできた独自の技術をさらに磨き上げて新たな武器とすることが必要なのだろう。

そこで思い出すのが、まったく勝てなかった時代のヤマハを最強軍団に仕立て上げ、その後は活動休止から5年でスズキをチャンピオンチームへ育て上げたダビデ・ブリビオの大胆かつ入念な方法論だ。

2000年初期、ヤマハは当時最強を誇っていたホンダにまったく歯が立たない時代が続いた。ホンダには圧倒的な戦闘能力を備えたバイクに加え、バレンティーノ・ロッシという史上最強のライダーがいる。一方、ヤマハのバイクは現状の戦闘力でホンダに及ばず、ロッシと互角に戦えるライダーもいない。だが、自陣の技術者たちはライバル陣営の水準に劣っていないはずだ。ならば、ライダーをこちら側に連れてくればよい。そうブリビオは考え、紆余曲折を経て不可能と思われたロッシ獲得を成功させ、ヤマハ最強時代を作り上げた。

その後、活動休止中のスズキが2015年に復活を果たした際にチームマネージャーに就任したブリビオは、この陣営の活動予算やチーム規模ではヤマハ時代のように他陣営のエースライダーを獲得することは難しそうだ、と判断した。そこで、若く才能がある選手たちをじっくりと育て上げ、「次世代の強いチーム」を作り上げるビジョンで運営を開始した。その結果、2016年にマーヴェリック・ヴィニャーレスが初優勝を飾り、2020年にはジョアン・ミルがチャンピオンになった。

圧倒的な不利をかこち続けて後塵を拝する一方の日本企業陣営にいま必要なのは、これらの例に見るように、欧州と日本それぞれの事情を知悉して調整し、欧州と日本双方の発想を理解できる卓越した人物によるチームマネージメントなのではないか、という気もする。

2024年のヤマハは、ファビオ・クアルタラロとアレックス・リンスというラインナップになる。また、マルケスが去ったとはいえ、ホンダファクトリーにはジョアン・ミルがいる。いずれも、ライダーの資質がトップクラスであることは万人の認めるところだ。また、技術者たちに関しても、開発能力が高いことに疑いの余地はない。

ならば、クラッチローが言う「ゲームが変わっている」現状にフィットするよう、今は噛み合っていないように見える歯車をどう噛み合わせるか、という問題を解決すればよい。国籍や人種を問わず、欧州と日本の双方の事情を知悉して優れた運営管理能力を備えた人物の登場に、期待をする所以である。

“絶対的エース”マルケスの離脱で、歴史的な低迷が続くホンダにさらなる試練【MotoGP】_7
ランキング首位のチャンピオン、バニャイア。彼とマルティン、さらにマルケスもそこに加われば、ドゥカティはさらに強力な陣営になることは明らかだ(写真提供:MotoGP.com)

そういえば、バレンティーノ・ロッシがホンダとの残留交渉が決裂してヤマハへの移籍を最終的に決意したのは2003年、まだツインリンクと言われていた時代のもてぎの、レースウィーク土曜の夜だったという。ある意味では、その後10年のロードレースの歴史は2003年10月のもてぎで決まった、ともいえる。そして、マルケスの向かう先が明らかになった2023年10月、モビリティリゾートもてぎは20年前と同様に今回もまた、グランプリの裏面史にとって大きなターニングポイントの地になったのかもしれない。

いずれにせよ、マルケスの去就が明らかになった現在、ホンダの本格的な試練もまた、ここから始まる。遙か遠い高みの頂点を目指す未踏の道についてわかっていることはただひとつ。そこには茨がびっしりと敷き詰められている、ということだ。1年や2年で踏破できる道ではないかもしれない。だが、その茨の道を進みながら、臥薪嘗胆――逆襲を成就すべく、夜は硬い薪の上に伏して寝、食事は苦い肝を嘗めながら、確固たる決意を抱き続けること――の志で臨むことができるのかどうか。復活の成否は、ひとえにその一点にかかっている。

文/西村章

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