ホンダワークスよりドゥカティのサテライトの方がマシ

歴史的な低迷が続き、一向に戦闘力が改善する気配を見せないホンダ陣営を離れることが明らかになったマルケスだが、2024年シーズンの移籍先はドゥカティ陣営サテライトチームのGresini Racingだと言われている(10月5日午後12時現在、ドゥカティ側からの正式発表はまだない)。ドゥカティ陣営はファクトリーチームとサテライトを合わせて8台を要する最大勢力で、2024年は最新ファクトリースペックのバイクを4台、実績のある前年仕様(つまり、2023年のファクトリーバイク)を4台、というラインナップで臨むと言われている。サテライトチームの中でもGresini Racingは前年仕様を供給される体制で、つまり、マルケスはドゥカティ陣営に移っても「1年落ち」のバイクでシーズンを戦うことになる模様だ。

“絶対的エース”マルケスの離脱で、歴史的な低迷が続くホンダにさらなる試練【MotoGP】_4
今後の動きに大きな注目が集まるマルケス。2013年に史上最年少記録を更新して王座に就き、ホンダ最強時代を築き上げたが長かった〈蜜月〉はついに終焉を迎えた(写真提供:MotoGP.com)

そのような背景事情を踏まえたうえで一般論を言えば、サテライトチームに移籍するよりもファクトリーチームに残留するほうが、環境としては圧倒的に有利だ。ファクトリー体制では最新の部品が供給され、ライダーが思いのままにバイクを仕上げてゆくことができるのに対して、サテライトチーム体制で前年仕様を使用する場合は、すでに評価が定まって実績のある安定感を期待できる反面、最新ファクトリーマシンと比較すると性能面ではどうしても一段劣る傾向があるからだ。

だが、それはあくまでも一般論で、ドゥカティ陣営の場合は前年仕様のマシンでも最新スペックを相手に、互角以上のパフォーマンスを発揮している。たとえば2022年は、まさにマルケスの移籍先とされるGresini Racingに所属していたエネア・バスティアニーニが4勝を達成。今年も、サテライト陣営で昨年仕様のマシンを駆るマルコ・ベツェッキが決勝レース3勝、スプリント1勝を挙げ、第14戦日本GPを終えてランキング3番手につけている。これに対してホンダは、ファクトリーの最新仕様でもドゥカティのサテライトマシンと互角に戦えていないのが現状だ。

このような事情を考えれば、「自分はいつも勝つことを目指してレースをしている。トップシックスに入ればいいとかポイントを獲得できればいいというメンタリティではない」と日頃から話すマルケスが、「このままホンダに残っても低位に沈み続けるだけかもしれないが、ドゥカティのマシンならサテライトチームでも充分に優勝争いをできる」と考えたとしてもまったく不思議なことではない。また、アスリートとしてピークの状態で戦える時間が無限にあるわけではない30歳という年齢も勘案すれば、悠長に復活を待っていられるほどの時間的余裕はない、と判断するのも必然の結論かもしれない。

この日本GPの週末には、HRCの渡辺康治社長も現場に姿を現した。練習走行の際にガレージ前のピットレーンで短い会話をする機会があったが、その際に渡辺氏は「今はスピード感を持って様々なことに取り組んでいる最中です。我々のこの弱い時期を、どうかよく憶えておいてください」と述べた。問題は、彼らの言う「スピード感」が現場でライダーたちが求めている様々な変化の「迅速さ」に見合う水準に達しているのかどうか、ということだ。

たとえば、走行初日の金曜にマルケスのバイクには、フロントフォークとハンドルバー近くの部品に小さな変更が加えられていた。だが、その効果については、

「明日は以前の仕様に戻す。ごくわずかな変更で、たしかにリクエストをしていたものだけれども、ああいうことではない。今後また、リクエストしていた部品を持ってきてくれれば試してみたい」

と、性能に改善がなく却下する旨のコメントを述べた。

また、この金曜日の走行では、ミルが2024年プロトタイプの車体を試した。これは9月のサンマリノGP翌日の事後テストでホンダライダー全員が試したもので、ミルはテスト後のインドGPで使用したいと話していたが、配送供給などの事情で間に合わなかったため、その翌戦の日本GP金曜にトライすることになった。

シーズン中に翌年のプロト車体を投入する姿勢は、日本企業の保守性が変わりつつあることの兆候だろうか、とミルに訊ねてみると「そうじゃなくて、もうちょっと単純な話だと思う」という言葉が返ってきた。

「2024年用に開発しているプロトタイプが良好なら使ってみよう、というだけのことで、それが機能するならもちろん歓迎したい。でも、これは2024年に向けて僕たちが求めているバイクではなく、こちらの要求からはまだまだ遠い」

結局、ミルはレースウィークの走行では充分に見極めきることができない、という理由でプロト車体の採用を取りやめた。つまり、このプロト車体には実戦で使用するほどのメリットがないとライダーに判断された、ということだろう。

また、サンマリノGP事後テストでは、サテライトチームの中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)もこのプロトタイプ車体で走行しており、夏には空力面を改良した外装をホンダ陣営でもいち早く採用していたことから、今後のホンダはファクトリー優先という従来の序列を見直して、競合陣営へ追いつくために積極的にサテライトチームを実戦テスト等に活用していくのではないか、という憶測もあった。

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LCR Honda IDEMITSUで来年は7年目のシーズンを迎える中上貴晶。マルケスを除けば、現在のホンダ陣営では最も経験が豊富な選手でもある。(写真提供:MotoGP.com)

これは、ドゥカティがサテライトチームのPramac Racingを活用してアグレッシブな実戦開発を進めてきた方法だ。そこで、走行前の木曜に2024プロト車体を使用する可能性があるのかどうかについて中上に尋ねてみたところ、

「車体の本数が少ないという事情もあると思うのですが、使うか使わないかの選択権は僕たちのチームには与えられていません。もしもHRCから提案されれば、もちろん喜んで試してみたいところですが……」

という言葉が返ってきた。やはり、ホンダの方針は従来どおり、新しい部品などの投入やトライはすべてファクトリーチームを優先させ、サテライトチームにはあくまでも「実績のあるもの」を供給していく、という姿勢に今後も変化はなさそうだ。「スピード感を持って取り組む」とHRC渡辺社長が言うホンダ陣営の〈スピード感〉は、はたしてどこまで切迫した感情なのだろう。そしてまた、彼らは欧州陣営の臨機応変かつ迅速な開発の進化と速度をどこまで皮膚感覚で理解し、追いつき追い越してゆく覚悟を固めているのだろう。