これからの公営競技

数年前、ある女子短大で学生から「ボートレースを見たい」と言われ少し驚いたことがある。

筆者の住む北海道は、ボートレースに縁遠い地域だ。「たまたまテレビで見て、格好いいと思った」とのことだった。

その後、彼女が選手養成所に入所し現在活躍中、となれば本書の恰好の話題だが、実際にはそうはならず普通の企業に就職した。その後、彼女が実際に観戦したかどうかはわからないが、ボートレースというものを知り、関心を持ったことは確かだ。

ギャンブルとは全く無縁の女子学生がボートレースに興味を示す時代になったのだ。

職業体験・社会見学の一環としてボートレース場に行く小中学校もあると聞く。伊勢崎オートレース場などでは子供向けのイベントが積極的におこなわれている。先に述べた函館競輪場での教員の研修会もそうだが、現代の公営競技はすでに後ろ暗いものではなくなっている。

目を向ける人が増え、親しみを感じる人が増えることこそが裾野を拡げる第一歩だ。そしてその責をまず負うべきは主催・施行者だ。収益を得続けたいなら、収益をすぐに一般財源に繰り入れるのではなく、将来に向けての蓄積と投資に振り向けたり、事業を継続できるような基金を積み立てておく必要もあろう。
 
少子高齢化社会の到来で今は学校や住宅建設に多額の資金が必要な時代ではない。

またバブル経済の負の遺産となったような不要不急の施設を建設する時代でもない。第二次世界大戦直後や高度成長期に求められた公営競技の社会的役割は遠い過去のこととなった。これからの公営競技の収益は少子高齢化社会に必要なかたちで使われるべきだ。

職業体験・社会見学の一環としてボートレース場に行く小中学校、「五輪種目」になるケイリン…公営競技はほんとうに迷惑施設なのか_7
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ネット投票が売上の大部分をしめる今日にあって、97もの競技場が必要かどうかは検討の余地もあろう。特に個々の競技場の開催日数が少ない競輪で全国43もの競輪場が必要だろうか。競輪全体の効率性だけをみるなら、ボートレース場と同程度もしくはそれ以下で十分かもしれない。各自治体が個別に主催・施行するという現行形態の合理性も疑問だ。

だがその一方で、地域社会、特に非大都市圏において、競技場や専用場外発売所は、雇用の場として、また娯楽施設としてそれなりの重要性をもっていることも事実だ。さらに、ネット投票の売上の大部分は競技を主催・施行する自治体に地域外からもたらされる収益でもある。この観点からすれば、単純に現在の競技場を集約すべきだとも言えない。

投票券の売上に依拠して営まれる以上、経済情勢の変動が公営競技の盛衰に直接影響することは今後も避けがたい。経済情勢の悪化で存廃が再び問題となる時代が到来することは十分予測できる。再び存廃が問われるとき、地域住民と行政はどのような判断をするのだろうか。競技場の存廃は、自治体にいくら収益が入ってくるかだけではなく、その競技場が目に見える貢献を果たしているかどうかで地域住民が判断することになるだろう。

公営競技場が地域住民に愛される施設として存続し、多くの人たちが公営競技を愛し続けていくことを願う。

文/古林英一

#1『公営競技と暴力団…かつて社会問題となった八百長レースの実態とノミ屋の興隆から衰退にいたるまで』はこちらから

#2『パチンコ派を強奪、有名タレントのCM攻勢…バブル崩壊後、凋落し続けていた公営競技はいかにして“V字回復”したか』はこちらから

『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』 (角川新書) 
古林 英一 (著)
職業体験・社会見学の一環としてボートレース場に行く小中学校、「五輪種目」になるケイリン…公営競技はほんとうに迷惑施設なのか_8
2023/8/10
¥1,100 
320ページ
ISBN:978-4040824697
「公害」から「エンタメ」へ 7兆5000億円の巨大市場へいたる興隆史

世界に類をみない独自のギャンブル産業はいかに生まれ、存続してきたのか。戦後、復興と地方財政の健全化を目的に公営競技は誕生した。高度経済成長期やバブル期には爆発的に売上が増大するも、さまざまな社会問題を引き起こし、幾度も危機を迎える。さらに低迷期を経たが、7兆5000億円市場に再生した。各競技の前史からV字回復の要因、今後の課題までを、地域経済の関わりから研究してきた第一人者が分析する。

【目次】
序章 活況に沸く公営競技界
第一章 夜明け前――競馬、自転車、オートバイの誕生 一八六二~一九四五年
第二章 公営競技の誕生――戦後の混沌で 一九四五~五五年
第三章 「戦後」からの脱却――騒擾事件と存廃問題 一九五五~六二年
第四章 高度成長期の膨張と桎梏――「ギャンブル公害」の時代 一九六二~七四年
第五章 低成長からバブルへ――「公害」からの脱却 一九七四~九一年
第六章 バブル崩壊後の縮小と拡張――売上減から過去最大の活況へ 一九九一年~
終章 公営競技の明日
あとがき
参考・引用文献一覧 
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