「どうしてなんだろう」続く、実験現場の奇妙な現象

実験に当たっていた小川美香子(現北海道大学大学院薬学研究院教授)は、蛍光顕微鏡のモニターを見つめていたその時のことをよく覚えていた。小川は京都大学薬学部出身。浜松医大の助教職から2年間という期限で小林のもとに留学していた。

小川の研究テーマもまた「がんの分子イメージング」だ。自他ともに認める〝化学屋〟で、実験の精度や手順には定評がある。実際、NIHでも優秀な博士研究員(フェロー)に与えられる賞を受賞していた。

「どうしてなんだろう」

がん細胞と結合させる試薬によって、がんの光り方や明るさも変わる。リストアップした試薬を片っ端から実験し、その差異をデータとしてまとめるのが小川の仕事だった。

東京慈恵会医科大学の大学院からNIHに来たばかりの光永眞人(現慈恵医大医学部講師)も戸惑いながらモニターを見つめていた。

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帰国を控えた小川から実験を引き継いでいる光永の役割は記録用に撮影データを残すことだった。当時を振り返って光永は言う。

「パッと光を当てれば、ほかの色素はだいたいこちらの予想通りに光ってくれました。近赤外線の強さや露光時間を計算してやると、がん細胞がどのくらい光って、何秒後には消えていくというパターンがある程度は分かっていたんです。ですが、IR700の場合はがん細胞の光り方も違っていて、近赤外線を当てた後、顕微鏡の視野が急激に暗くなっていきました」

この2年で小川はすでに200近くの蛍光物質を試している。近赤外線を当てたとたん、その光エネルギーに反応してモニター内でがん細胞が鮮やかな緑色に光ればそれは「よい試薬」だ。

しかし、リストの最後の方にあったこのIR700は、何度実験を繰り返してもきれいに光らせることができなかった。ぼんやりと光るには光っても、その淡い光はすぐ消え、顕微鏡の視野が暗くなる。その繰り返しだった。