経済制裁は、アメリカにむしろマイナスに効いてくる可能性がある
池上 確かに、いまだにロシアの経済が安定していることは、西側が驚いている点だと思います。これはなぜなのでしょうか。
トッド 実は経済のグローバリゼーションが進んでいくなかで、「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」との分岐がますます進んでいるんです。ロシアはインドや中国とともにまさに後者の代表で、天然ガスや安くて高性能な兵器、原発や農産物を世界市場に供給する「産業大国」であり続けています【図4】。
一方で、前者の貿易赤字の国とはアメリカ、イギリス、フランスなどです。財の輸入大国としてグローバリゼーションのなか国の産業基盤を失ってきている。つまり互いに科している経済制裁は、消費に特化したこれらの国のほうにむしろマイナスに効いてくる可能性があるわけです。
一種の神話的な立場だった「経済大国アメリカ」は、いまは生産力の点で非常に弱体化してきています。1945年時点でアメリカは世界の工業生産の約半分を占めていましたが、いまは違います。ウクライナ戦争はロシアにとって死活問題であると同時に、アメリカにも大問題なのです。
先ほども少し触れましたが、アメリカの生産力でとくに問題となってくるのが「兵器の生産力」です。
この先、ウクライナ戦争が長期化したとき、工業生産力の低下するなかでウクライナへの軍需品の供給が続けられるのか。むしろロシアの兵器生産力のほうが上回っていくのではないか。そこは西側としては心配な点でしょう。
ただそれでも、アメリカはこの戦争から抜け出せないのではないか、とも言えると思います。アメリカがこの戦争から抜ける、それはアメリカにとって「ウクライナへ供給する兵器の生産力が追いつかなかった」という点で、「負け」を意味するからです。