かつて公立名門校教師による学習参考書が次々と書かれた背景
――私立の中高一貫だと先取り学習ができること以外に、公立が私立と比べてどんなところに進学指導上不利な点があるのでしょうか。
小林 昔の公立高校でいうと、たとえば受験参考書として著名な『試験に出る英単語』は日比谷高校の教員・森一郎さんが書いたものでした。森さんは1955年から1968年まで英語を教えていた方でしたが、かつての公立には進学指導のプロが10年、20年選手でたくさんいたんです。そして参考書を出したり、予備校でアルバイトをしていたりした。ところが1960年代後半から教育委員会が「それはダメ」としてしまったので、長くて5、6年で異動するようになってしまった。すると進学指導が断絶してしまうわけです。ところが私立には超長期にわたって教えている先生がゴロゴロいる。そしてその蓄積を後輩の先生に伝えていく。公立の場合は山間部や離島、あるいは工業高校などの高校から偏差値70くらいの進学校に異動してきた先生が、やっと慣れてきたと思ったところでまた異動になってしまう。ここは制度を変えないと私立中高一貫校の進路指導体制には対抗しがたいでしょうね。
――とはいえ、たとえば最近では一部の広域通信制高校が進学実績をうたっているものの、地方在住者にとっては地元の名門校のほうが一般的には有力な選択肢であり続けているわけですよね?
小林 「この市内ならこの高校でしょう」というイメージは、旧制中学信仰の流れもあるし、歴史伝統校としての存在感が地元にありますから、入試制度を極端に変えない限りは続くと思います。市区町村の役所や都道府県庁では、地元の名門校出身者が多いですよね。知事の出身校をみるとわかりやすい、岩手県は盛岡第一、茨城県は水戸第一、新潟県は新潟、和歌山県は桐蔭など前身が一中出身の知事です。そういう人たちの子どもがまた同じ高校に行ったりする。地元の政治家もそうです。地元の一中の高校を出て、早慶や東大京大を卒業してから地元に戻り、市議会議員をやって市長になる、といった方は首長を見る限りではいまだに多いですから。
地方創生の要は地方の教育機関の充実にある
――地方の名門校が衰退していくと日本社会はどうなっていくと思いますか。
小林 ダメになっていくでしょうね。地方創生の要は教育機関の整備にあります。そのために旧制一中は歴史と伝統、優秀な卒業生のネットワークは欠かせません。加えて地元の国公私立大学を拡充することで若年層が離れにくくなる。地方の大学でも人気があれば全国区の大学になって他の地域から若い人が集まってきます。そうなれば地域が活性化します。地元の名門校の存在感がなくなっていくということは地元の人材輩出力が衰えるということですから、地域から元気がなくなってしまう。地域が衰えていけば、地方から多様な人材を集めてきた都市部のダイナミズムも失われるでしょう。もちろん、過疎化が進んでいる県では厳しい状況ではあります。そこは国が都市部だけでなく地域の教育機関を金銭的に手厚く保護して、その地域で働き、学べるようにすることが必要です。
――地方の名門校は、何をめざせばいいと思いますか。必ずしも私立の中高一貫校のようになることが目標ではないと思いますが。
小林 予備校化してしまうのは違うと思っています。そうではなくて、ひとつは課外活動でインターハイや全国大会に出る、地域と密着した活動をする、生徒がメディアで取り上げられるようなことをやる、といったかたちで一中の生徒が発信力を持つことによって「やっぱりここの生徒はすごいね」「進学だけじゃないんだね」と地元に評価されることに力を入れていくことです。たとえば浦和高校はラグビーとクイズ、静岡高校は野球が強かった。京都の洛北高校は東京五輪2020に3人代表を出している。一中は学力、スポーツ面での神童、天才を推薦枠を広げ優先的に受け入れてもいい。
もうひとつは卒業したOBのがんばりにもかかっています。有名人が出ると知名度が高まり、卒業生や在校生の帰属意識や愛校心が高まります。先日、北京オリンピック出場者の出身校を調べていたら苫小牧東高校という元旧制中学からの伝統校が女子アイスホッケーの選手を6人も輩出していました。この高校はノーベル賞受賞者の鈴木章・北大名誉教授も輩出しています。これは地元からすると誇らしいですよね。
単に「●●大学合格者が○人」ではなく「地元から尊敬される」ことを目指していくのが、その地域にとって意義ある方向だと思います。
取材・文 飯田一史