もっとも有効な対策は「クマに出会わないこと」
「今まで何度もクマに追いかけられたね」と、ツキノワグマとガチンコで対峙してきた高柳さん。釣りなどで鉄砲を持たずに山へ入るときの「バッタリ遭遇」を避ける方法を聞いてみた。
「山道はカーブが多く、見通しが悪いから要所要所で人の存在を知らせることだね。クマやシカは暗いところから暗いところへ、スギやヒノキなど常緑樹のある場所を伝って姿をカモフラージュしながら移動するから。このあたりのクマはクマ鈴なんて効果ないからね。慣れちゃってるの。音の高い笛か、爆竹がおすすめ。爆竹は銃声と似ているからね。あとはクマ撃退スプレーだね。でも、自分に降りかかったら大変なことになるから、風向きは考えて使わないとダメだね」
クマ撃退スプレーの効果を山﨑教授にうかがった。
「とても効果がありますが、条件はあります。まず、ホルスターにスプレーを入れ腰につけておくこと。リュックなどに入れてしまうと使うことはできない。そして、とっさのときに冷静にホルスターから抜き、安全装置を外し、クマがまっすぐに向かってきたとき、有効射程距離(5~6m)に入るまで待つ。そして、クマの目・鼻・口の粘膜を狙ってスプレーを噴射する。自分への吹き返しにも気をつけながら冷静に使うためには、トレーニングを積まなければ成功確率は低いでしょう」。
「ヒグマの棲みか」といわれる北海道知床半島の「知床自然センター」では、20分間の事前レクチャーを条件に、クマ撃退スプレーのレンタルも行っている。
「最終兵器、いざというときのカウンター(反撃)として有効です」(知床財団の新庄さん)
スプレーは唐辛子成分を使っているので、こちらが吸い込んでしまうと呼吸困難になりクマ退治どころではなくなるので、よく覚えておこう。
自然の中に入るときは、聴覚や臭覚などのセンサーを鋭敏にすることも大切。草木がカサカサと揺れる音や、シカの死体などで発生する生臭い匂いがしたら、近くにクマがいる可能性がある。早く通り過ぎるのが賢明だ。
クマの足跡や、新鮮なフン、またツキノワグマの場合は、木の実を食べるため樹上につくる枝の塊「クマ棚」を発見した場合も同様だ。強風や強い雨の音などの悪天候、川の流れの音が大きいときなどは、それらがわかりづらいのでとくに注意が必要だ。
もしもクマと「バッタリ遭遇」してしまった場合。その場の状況やクマの出方によって対処法はさまざまで正解はないが、まずは落ち着いてクマの様子を見ながら、背中を向けずにあとずさりし、ゆっくりと距離を離すこと。背中を向けて逃げるとヒグマは素早く動くものに反応するうえ、弱者は倒せると思い背後から襲われる可能性がある。
例えば威嚇突進攻撃(ブラフチャージ)をしてきても、クマは臆病なので直前で踵を返すことが多い。しかし本当に襲ってきて逃げきれない場合は、体を大きく見せる、クマよけスプレーで応戦するなどこちらも強気で対処する。最終的には腹ばいになって頭・顔を守り、首の後ろを手で守る防御姿勢をとってケガを最小限に食い止めたい。
「クマは人間の目が怖いの。だからクマがじっとこちらを見てきたら、絶対に目をそらしちゃいけない。目をそらした瞬間に向かってくるよ」(高柳さん)
これから本格的に始まるレジャーシーズン。過度に怖がる必要はないが、山中や森に出かけるときは常に「山の主」の存在を意識して、冷静な行動ができるように準備をしておきたい。
文/兼子梨花 編集/風来堂
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