映画の中で今なお輝くレスリー・チャンの美しさ

〈レスリー・チャン没後20年〉家父長制の価値観が色濃く残る中華圏でゲイであることを公表していたレスリー。今なお悲劇を繰り返す、差別や偏見の存在_1
『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
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昨年、ウォン・カーウァイ監督の代表作4Kレストア版特集上映“WKW 4K”が日本で開催され、名画の4K版上映では異例のスマッシュヒットを記録した。90年代ミニシアターブームを実際に体験した世代のみならず、若い世代にもリピーターが続出したという。

なかでも『ブエノスアイレス』(1997)でトニー・レオンとともにW主演したレスリー・チャンの儚げな美しさに魅了された人は多かった。

そんな彼の代表作ともいえる『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)の4Kレストア版がいよいよ公開となる。ここで、レスリー・チャンが香港明星、中華圏のスターの中でも、ほんとうに特別な存在だったということをひも解いていきたい。

そもそもアイドル歌手としてデビューしたレスリー・チャン。吉川晃司の『モニカ』を広東語カバーし、大ファンだったという山口百恵の『さよならの向こう側』のカバーもヒットさせた。

そんな彼が、アイドルから俳優への本格的なキャリア転向のチャンスをつかんだのは、大親友アニタ・ムイと共演したスタンリー・クワン監督作『ルージュ』(1987)であることは、そのアニタの半生を描いた伝記シリーズ『アニタ:ディレクターズカット』(ディズニープラスで独占配信中)でも描かれているとおり。

以降、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987)シリーズや、ウォン・カーウァイ監督との出会いを経て、香港映画がアジア芸能文化の中心だった時代を象徴するスターのひとりとなった。