森はその光景を見ていて、「これが、あるいは最後のご奉公になるかもしれない」
衆議院議長公邸での会見の間は、入口の近くに設営してあった。ここのところ体調がいいとはいえ、長い距離を歩き回れる状態ではない。晋三は「車を降りてからできるだけ歩かずに済むよう、桜内先生や森先生らが配慮してくれたのであろう」と気づいていた。
森は、晋太郎を風でしつらえた即席の会見の間に案内した。
ゴルバチョフが姿を現すと、晋太郎は、顔を綻ばせ握手を交わす。
ゴルバチョフは、晋太郎に話しかけてきた。
「私は約束を果たしました。桜がそろそろ咲きますよ」
晋太郎は頷いた。
森はその光景を見ていて、「これが、あるいは最後のご奉公になるかもしれない」と、胸に熱いものが込み上げてきた。
「頑張ってください。私はもう、遠くから見ていますから」
そこに、午餐会に招かれ庭にいた宮澤派(宏池会)会長の宮澤喜一が、ひょっこり顔を見せた。
宮澤は、「お元気そうじゃないですか」と晋太郎を励ました。
「宮澤さん、頑張ってください。私はもう、遠くから見ていますから」
晋三は、父親の言葉に「もう自分の命は長くないと思っているのだろうか」と感じた。
ゴルバチョフとの五分間の会見を終え、晋太郎は病院に引き揚げた。
ゴルバチョフ大統領に会えたこと、体力的にも乗り切れたことで、晋太郎は気持ちのうえでも満足していたのであろう。病院に戻ると、晋三に晴れやかな表情を見せた。
その夜、安倍・ゴルバチョフ会見がテレビニュースで報じられた。晋太郎は、自分の姿を見てにこやかに晋三に言った。