「おそらく安倍さんは、立っていられない状況です」
「なるほど、それは名案ですね。でも、おそらく安倍さんは、立っていられない状況です。皆さんと一緒に昼食を取ることはできないでしょう」
そこで、桜内が各党の党首や各派閥の会長を議長公邸の庭に誘い、ドリンクパーティーのようなものを開いてもらう。その間を利用し、晋太郎とゴルバチョフと二人だけによる会談をセットすることにした。
早速、森は根回しに動いた。議運の委員長だからこそ桜内議長、各党の党首、各派の会長の了解を得ることに成功し、晋太郎・ゴルバチョフ会談が実現する運びとなった。
会見日を間近に控え、晋三は医師に制癌剤の投与を一時停止してもらった。制癌剤は、その副作用として体力を落としてしまうからだ。
やせ細った身体をふくよかに見せるため、パッドを入れた
4月18日、晋太郎は、順天堂医院の病室で紺のスーツに着替えた。やせ細った身体をふくよかに見せるため、下着のシャツを二枚重ね合わせ、そのあいだにパッドを入れた。
このアイデアは、晋太郎夫妻と親しい友人、俳優芦田伸介夫人の話を参考にしたものであった。安倍夫妻が芦田の芝居を見たあと、楽屋を訪ねていろいろと話を聞いた時、芦田夫人がこう言っていたのだ。
「(役柄で)恰幅のいい感じを出すのにはシャツを二枚合わせて、そのあいだに綿を入れたものを作って着せるのですよ」
晋太郎を乗せた車は、順天堂医院を出ると、千代田区永田町二丁目にある衆議院議長公邸に向かった。道路が空いており、少し早めに永田町周辺に到着した。
晋三は、晋太郎に声をかけた。
晋太郎は、フワッと倒れそうに
「ちょっと、早すぎましたね」
晋太郎は、車窓に映る永田町周辺の風景を愛おしむかのように言った。
「それじゃあ、(時間潰しに)憲政記念館にでも寄っていくか」
車は、永田町一丁目にある憲政記念館に滑り込んだ。 後部座席からゆっくりと降りた晋太郎は、木立のなかで大きく一回伸びをした。
「ああ、気持ちいいなあ」
おそらく、これが晋太郎が思いきり外気を吸った最後の瞬間であった。
森は、衆議院議長公邸のなかでも、通常出入りのできない通用口の前で晋太郎の到着を待った。やがて、晋太郎を乗せた車が静かに姿を現す。晋太郎は、後部座席から降り立った。その瞬間、フワッと倒れそうになり、みんなが慌てて晋太郎の身体を抑えた。