エミレーツ・スタジアムは6万人超の満員観客で埋まった
果たして翌日、エミレーツ・スタジアムのスタンドは最上階までぎっしり埋まった。女子CL準決勝の会場で唯一のフルパックだ。入場者数の公式発表は6万63人。
試合は開始早々からオープンな展開となり、互いに点を取り合って2-2で延長戦に突入。両チームとも勝ち越し点を奪えないままPK戦にもつれ込むと思われた延長後半14分、アーセナルDFのミスからヴォルフスブルクのゴールが決まって2-3で勝利し、決勝進出を決めた。
劇的な結末ではあったが、第1戦同様に緻密な組み立てはさほどなく、女子サッカーの新しい戦術トレンドのようなものは感じられなかった。アメリカの女子プロリーグほど選手個人頼みではないものの、内容的には大味だったように思う。
むしろ印象的だったのはこの試合の観客層だ。女子CL準決勝4試合の中では、バルセロナと並んで少女や若い女性の比率が目に見えて多く、応援の熱量も高かった。
彼女たちや、一緒にいた母親、祖父といった人々にローラー作戦よろしく、「男子にはない、女子サッカー特有の魅力が何かあると思いますか?」と問いかけてみた。すると異口同音に
「選手が身近な存在で、親しみやすいところ」
との答えが返ってきた。
これはエミレーツ・スタジアムだけのことではない。スタンフォード・ブリッジで、フォルクスワーゲン・アレーナで、カンプ・ノウで、観客に聞いても女子サッカー番記者に聞いても、申し合わせたかのように皆が同じ言葉を口にした。
その答えを具現化したかのようなシーンを、アーセナル―ヴォルフスブルク戦で見ることができた。
試合開始の1時間ほど前にアーセナル主将であるマケイブがピッチの下見に現れた際、1階スタンドの最前列で応援ボードを掲げていた少女が何やら懸命に声をかけた。するとそれに気づいたマケイブは彼女に駆け寄り、ボードにサインをしてあげたのだ。
あとから僕が少女にボードを見せてもらうと、「私の絵にサインをしてください」の言葉と、彼女の手によるアーセナルの4選手の似顔絵が描かれている。その中のマケイブの絵の上には、先ほどもらったばかりのサインがあった。
こうして選手と気さくに触れ合える関係を女子サッカーのファンは愛し、クラブ側もまた双方の距離の近さを大切にしている。
そこへ練習環境の整備や各国からの一流選手の補強が加わって競技レベルも近年ぐんぐん向上し、まだ完成形とは呼べないまでも、見て楽しい、金を払うだけの価値のあるエンターテインメントへと着実に育ちつつあるのだ。
女子CLにおけるベスト16以降の1試合平均の観客動員数は、コロナ禍前の2018-2019年シーズンで5000人。それが2022-2023年シーズンでは、決勝戦での観客数を加える前の段階で1万800人と、倍増しているのである。
ロンドン、ヴォルフスブルク、バルセロナ、そしてまたロンドン……ヨーロッパの女子サッカーが今、自立して収益を出せる興行規模にまで迫ろうとしている様に触れることができた10日間の取材だった。
【現地取材】バルサ、アーセナル、チェルシー…ビッグクラブが続々と資金を投入。欧州女子サッカー「爆発的人気」の背景にあるしたたかなビジネス戦略
取材・文・撮影/河崎三行