『アジア人物史』の監修を通して得た驚きと喜び
もちろん、そうした「ハイブリディティ(異種混交性)」こそ、覇権国家アメリカの強みであり、依然としてアメリカの文化的なヘゲモニーは中国などを遥かに上回っているという見方もできる。
ただ、その中国が、今後、海外に広がる中国系の人脈やネットワークを通じてイランやサウジアラビアなど、西アジアの国々とオリエンタリズム的な表象で彩られた映像とは違った世界を創造する可能性がないわけではない。
振り返ってみれば、昨今のK-POPや韓流ドラマなど、韓国の大衆文化のグローバルな広がりは、半世紀前の学生のころの私には想像もできないことだった。たとえ韓国文化が「模倣」を通じて日本に、さらには「欧米」に少しでも近づけても、僅かばかりの富の均霑に与る程度で、文化となれば、ハイブローなものであれ、大衆的なものであれ、せいぜい「居留地」のような狭い場所に閉じ込められた「特殊なもの」にとどまるに過ぎないだろう─。こうした「オブセッション(思い込み)」が私を呪縛していたのである。
もし、そうしたオブセッションをオリエンタリズムの「自己洗脳」的な効果と呼ぶならば、私はまさしくその「見事な」成果と言えるかもしれない。
こうした自嘲的な過去の私の姿を自ら明るみに引き出し、そこから私がどのような紆余曲折のプロセスを経て、「アジア」と「西欧」の認識論的・存在論的な分断の克服を目指すまでに変わっていったのか。その「遍歴」を、時代のクロノロジーと思想史的な展開を交えながら振り返ってみたい。そう思い立って出来上がったのが、本書『アジアを生きる』に他ならない。
そして、本書を上梓する最後の決定的なモメンタム(推進力)になったのは、集英社創業95周年記念企画となる『アジア人物史』全12巻の総監修を務めたことである。
神話と歴史の「誕生」から波乱に富む現代まで、数千年の時空の中で「アジア」に生きた人々の「生きざま」を知り、アジアとはかくも光彩陸離とした人間絵巻を彩ってきたところなのかという、これまで経験したことのない驚きと喜びを感じたのだ。