KO負けしても心は折れない2つの支え

デビュー以来豪快なKOで勝ち続けてきた中嶋。しかし、2020年に後に同じく豊富なアマチュア経験を持つ堤聖也(現日本バンタム級王者)と引き分ける。2021年には東洋太平洋王者となるが、栗原慶太(現東洋太平洋バンタム級王者)にKO負けと、キャリア初黒星を喫した。

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引き分けとなった堤聖也戦後の中嶋。笑顔はなかった。写真提供:ヒノモトハジメ

「引き分けのときはめっちゃ悔しかったですし、負けたときは引退も考えましたよ」

少し声のトーンを落として中嶋は言う。しかし、筆者が気になっていたのは別のことだった。

筆者はボクシング観戦が好きで、会場やSNS上のファンの反応も含めて楽しんでいる。堤戦で引き分けたときは「中嶋は負けていた」というジャッジ非難の声がSNS上で強く、また栗原戦では会場にいた観客は中嶋が倒れた瞬間にどよめき、歓喜のように大きな拍手で湧いた。

専門誌の下馬評はトップアマで無敗、精鋭が集まる大手ジムの王者・中嶋が有利だった。何度も敗戦から這い上がってきた叩き上げの栗原だが、勢いの差が出るとみられていた。素顔が見えず、リング上では近寄りがたい殺気を放っている中嶋の硬さと、YouTubeなどで積極的に情報を発信し、親しみやすい雰囲気を持つ栗原の柔らかさ。

会場が湧いたのは、まるでキャラクターの違う両者のコントラストを踏まえ、雑草魂・栗原を応援する大衆感情が働いたからかもしれない。そうして外からみると折々に、なぜか「敵側」に回されてしまう中嶋の在り方が、個人的に気になっていた。

「確かに自分、なんか好かれへんなあと思ってますよ。でも、全然気にしてないですよ。今の自分にとっては、ジムで教えている教え子のキッズたちと、故郷にいる母親が原動力になってますから」

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キッズの会員たちからは、「一輝!」「おい、中嶋先生!」と親しまれていた

敗戦のとき、支えになったのは月曜から金曜まで指導しているキッズボクシングの教え子たちだ。会場では、KO負けした中嶋をみて、涙を流してくれた子もいたという。

「でも、試合後にジムに行ったら、みんな『やーい、なんで負けたん?』と普段通り接してくれるんですよ。ほんまに有り難いですね。デビュー以来、彼らの存在がなかったら、間違いなく横浜に一人で来てここまで頑張り続けることはできなかったですから。彼らのことは本当に愛してます」