作ることよりも壊すことを

「生きるというのは、一つの長い呼吸のようなものだと思うんです」坂本龍一さんが語っていた“限りある「いのち」との向き合い方”_2
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福岡 私が主張する生命の「動的平衡」とは、絶え間のない合成と分解を行うことですが、そこでは合成、つまり作ることよりも分解、壊すことのほうを絶えず優先しています。
しかし、20世紀から21世紀にかけての生物学の大きな流れを見てみますと、21世紀はやはり作ることばかりを一生懸命見てきたわけですね。

生物学者は、その細胞の中で、どうやってタンパク質が合成されるか、DNAがどうやって複製されるかといった、構築の設計的なメカニズムを研究してきました。たしかに、それらによって、作るための非常に精密な仕組みは解明できました。それは大腸菌からヒトに至るまで、たった一通りの方法で、DNAの情報がRNA(リボ核酸)に写し取られて、その情報を基にタンパク質が合成されるという、情報の流れだけで作るやり方だったわけです。

ところが20世紀の終わりぐらいから今世紀にかけて、その「作る」ということばかり見る研究の潮目が変わり始めました。特に、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生のオートファジー研究は、「生命は、作ることよりも、壊すことを一生懸命行っている」ことを明らかにした画期的なものです。

オートファジーとは自食作用のことで、大隅先生のチームは酵母という微生物をモデルに使い、定常的・恒常的な細胞内分解システムとしてオートファジーが働くメカニズムを解明しました。大隅先生の研究により、生命現象は作ること以上に壊すことをやめない、どんなときでも、作ることに先回りして壊しているし、しかも、壊すやり方は何通りもあるということがわかったわけです。

坂本 DNAの中に、壊す命令を担っている設計が必ず入っていますよね。

福岡 そうなんです。だから、壊すことの重要性や積極的な意味についても、ちゃんと認識しないといけないと思います。壊すことが先行して起きるから、初めて作ることもできるんです。

生命体では常に、酸化、変性が起こり、老廃物が発生しますから、これらの「ゴミ」を絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作ることはできません。だから、細胞は一心不乱に物質を分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れを必要とするのです。

坂本 死ぬことによって生きる、ではないですけれども、生きるために先回りして壊すというエネルギーの流れは、まるで何かの武道の理論のようですね。

人間は、寝ているとき以外は無意識に、倒れないために常に神経を使っていますが、それは、その人の意識の問題ではなくて、生命として、倒れることを極端に恐怖しているからだそうです。だから、武道で、わざと倒れることを持ち込むと、それはあり得ないことなので、相手が認識できないということが起こるという考え方があるんですね。