「暗示」をやめ、「事実」のみを伝えよう
班目教授の話を聞きながら、私はまた涙目になってきた。
「……プレゼンを作るって、本当に難しいことなんですね……ううっ」
班目教授は首を振った。
「難しいことなんてない。約束事は一つだけだ。どれだけ物事に対して誠実であるか、だ」
班目教授は厳しい表情のまま、私に向き直った。「誠実」という言葉を聞いた私は、なんだか自分が誠実な人間ではないと言われたような気持ちになって、さらに悲しくなった。
ふと、班目教授は厳しい顔つきをやめて、言った。
「君は物理学者のファインマン先生を知っているかい?」
「いいえ」私は素直に首を振った。
「ファインマン・ダイヤグラムでノーベル物理学賞を受賞した学者なんだが、彼は実に面白い人物だ。ぜひ自伝などを読んでみるといい。彼はカリフォルニア大学の卒業式の式辞で、ある興味深い話をした。ある日、ファインマン先生はとあるメーカーのフライ用の油の広告を目にしたという。そこには『揚げ物の材料に染み込まない油』という謳い文句が書かれていた。彼はこの広告は必ずしも嘘ではないものの問題があると述べた。どこに問題があるか、貴君にわかるか?」
少し考えてみたが、わからなかった。私はまた首を振った。
「実は、ある温度で処理すれば、どんな油も食物には染み込まないんだ。逆に言うと、この会社の油であろうが他の製品の油であろうが、ある温度でなければどんな油だって食材にはやはり染み込む。結論として、ファインマン先生はこの広告のことを『暗示』であると表現した。暗示と事実には違いがある。そして我々は恣意的な暗示に頼らない、誠実な表現を心掛けなければならない」
班目教授と開発するドクターズコスメの在り方については、さらに検討を続けることになった。二歩進んで一歩下がる、まるで水中を歩くような気分だった。
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