スタッフに裏切られ事務所存亡の危機…!

各局のテレビ番組に出ることで営業の仕事が増え、一気に収入がアップした。1997年、36歳になっていた。

〈60歳でお笑い養成所に入学)“初めて見たときはどうにも気味が悪かった”ミラクルひかるを世に出したものまね芸人兼芸能事務所社長、ダンシング☆谷村の現在。スタッフの裏切りで会社が傾くも…_6
テレビ番組の出演依頼が相次いでいたころの写真

「どこか事務所に所属したかったけれど、『年齢がいってる』って断られちゃったんですよね。でも、当時は携帯電話が出てきていたから、日本全国のイベンターさんから自分で電話を受けて、それから年間100本以上のペースで営業に回ってました。
最初は、こんな神様からのご褒美みたいな状態はせいぜい1年だろうと思っていたら、2年たっても3年たってもなかなか終わらない。これは長期戦になるかもと思って、自分が代表取締役の『ジンセイプロ』を作ったのが2000年。38歳のときでした」

だが、始まりは順調だったものまね芸人&社長業は、4年目に大波乱に巻き込まれることとなる。

「マネージャーで経理もすべて任せていた取締役に裏切られてしまったんです。1000万円横領されて、裁判にもなりました。そのとき所属していたタレントを全員連れて出て行かれてしまったんです。悔しかったですね……。いきなり会社が傾くわけですからね。
それで急いで、『よし、また人を育てよう!』と立て直しに走ったんです。
ゼロから探すのは大変だから、知り合いの事務所に応募して落ちた人たちのプロフィールを何人分か見せてもらうことにしました」

〈60歳でお笑い養成所に入学)“初めて見たときはどうにも気味が悪かった”ミラクルひかるを世に出したものまね芸人兼芸能事務所社長、ダンシング☆谷村の現在。スタッフの裏切りで会社が傾くも…_7
インタビューに応じるダンシング☆谷村さん

そこで目にした1枚のプロフィール書類が、救世主となるあの人物だった。

「中にひとり、“田村梨果”って、お世辞にもカワイイとは言えない、映りの悪い写真のプロフィールがあったんですよね。今でも忘れないですよ。冷蔵庫に手をかけて笑ってる写真だったけれど、どうにも気味が悪い(笑)。見せてくれた他事務所の人も、『こんなのやめときなさいよ』って言うんだけど、なぜだか勘が働いたんですよ。『このコは売れるハズだ』って。
ポイント? わからないです。本当に“勘”」

田中梨果、のちの「ミラクルひかる」だった。